( 05 )


やっぱり、すき

火照りが冷める頃にはもう夕方で、ご飯を作らないといけない時間だった。秋さん達は先輩なのだから私が一番働かないといけない。もちろんそんなのは気にしない人達だけど後輩としても役に立ちたいから。立ち上がると突然目の前に白のマフラーが現れた。文句ありげな顔に怯んで一歩後ろへと下がる。

「なんで逃げた」

低めの声音にビクっと身体が跳ねた。呆れている気もするし怒ってる気もする雰囲気で、しどろもどろになる。なんでって聞かなくても誰でも解る気がするけど鈍感なのかな。思い出したらまた恥ずかしくなってきた。もし時間を戻せたならヒロトさんに勘違いされた時…ううんそれよりももっと前、吹雪さんに出会った時にして見なかったことにしてしまいたい。ああやっぱりダメ、そんな事今の私には酷すぎて出来ないわ。ふわっと彼は浮いて近付いてきた。重力とか引力なんてそんな哲学は知らないふりで地面と足は数センチの距離がある。どうしよう、顔と顔が近いの。目線が合う高さに浮いてあとちょっとでくっつきそう。こんな小さい子に何をこんなに緊張してるんだろうって考えるけど本来なら吹雪さんと同い年か、それか私と同じなのだから可笑しくはない。

「何、いしきしてんの?」

こてん、と可愛らしく首を傾げる仕草が可愛くてきゅんと胸が鳴った。小さく頷くと頬を掻きながらそっぽを向かれる。これってもしかして照れてるって事…?そう思ったら鼓動が一層速くなって爆発しそうになった。好きな人に少しでも意識して貰えるっていうのはとても嬉しい事で思わず頬が緩む。自分の頬を挟むように手で包んで朱に染まった顔の熱さを確かめた。うん、ほんのり汗ばむぐらいには、熱い。

「アツヤくん、あのね?」

声が僅かに震える。きっと今ならまた言える、頑張れ春奈。さっきみたいに目が合うと恥ずかしくて逸らしてしまいそうになるけどそんなものより伝えたいという気持ちの方が上で、早く早くと心を急いだ。

「私はアツヤくんの事が」

好き。口がそう動く前に言葉を塞がれた。本当に触れ合ってるわけじゃないけど冷やっとした空気が私の唇にだけ訪れたのだ。何が起きたのか解らなくてただただ驚いた。

「すきだ!」

それを理解するにはまだ時間が必要で頭が真っ白になる。ぷるぷる震えて少しだけ涙目の彼は耳まで真っ赤で、照れ隠しなのかマフラーを忙しなく弄っていた。理解出来る頃には目からポロポロと雫が止めどなく頬を伝って落ちていく。しゃくりたてながら腕で涙を拭っても視界が定まらない状態でアツヤくんを捉えた。

「そ、れ…私の言葉…」
「代わりに言ってやったんだからかんしゃしろよな」
「お節介…」

腰に手を当てて偉そうに喋る彼を今度は誰か越しじゃなくてアツヤくん自身を抱き締めるように腕を回した。幽霊だけど私はこの人が好き。触れられなくてもいい、こうして想いが通じ合って傍にいてくれるだけで充分なの。…今、抱き締め返された気がする。だって背中辺りが冷たいから。幸せだなあってまた泣いた。

「アツヤくん」
「あ?」
「いつから好きになったの?」
「あー…おまえにキスされてから避けてたろ?そのときに気づいたらおまえのこと目でおってて、かんがえたらどきどきするし士郎とはなしてるの気に入らねーなって。だからいつのまにかすきになってた」

何か平然と言ってのけてるけど恥ずかしいです。顔から火が出そうなぐらい熱くなってきてるのが自分でもよく解る。アツヤくんって吹雪さんよりたちが悪い天然かもしれない。

「けどなー…あっちに逝くってゆーときにこうなると少しやっかいかもな」
「あっち?」
「わかりやすくゆーと、あの世だよ」

あの世と聞いて(あ、そっか)としか思い浮かんでこなかった。もうこの世の人じゃないんだしあの世に逝ってしまうのは当たり前なんだと私は自然と受け入れてしまっている。幽霊という存在の定理に慣れてしまったか。両想いになったばかりなのにと大してショックになる訳じゃなく冷静に受けとめてしまっている。どちらかというとその事実の方に私はショックした。

「あの世に逝っちゃうのっていつ…?」
「三分後」

絶対今決めたでしょ。霊が成仏するのに時間なんて関係ないらしくて、自分が成仏したいなって思った時にポンって煙みたいに逝っちゃうんだってどこかのテレビ番組で言ってたよ。嘘番組みたいだったけど実際に見たのだからそれだけは本当だと思う。でもアツヤくんが冗談抜きで逝きたいのなら見守るしかない。

「じゃあその前にキスして下さい」

せめて餞別ぐらいは欲しいから、とお願いした。見守ると決めたなら止めはしないけどこれぐらいのおねだりなら許してくれるよね。一度そっぽを向いて、跳ねた前髪をグイグイと弄ってからこちらに向き直して「目、つむれ」と小さく伝える彼の言う通りに目を閉じた。風が通る。リップ音も何もしないキスが愛しい。初恋がこんなに幸せでこんなに苦しい形で終わるなんて考えもしなかった。

「…士郎はたぶん、おまえのこと。きょうだいだからわかるんだ。さいごまでそばにいてやれないのはくやしいけど、だから、…たのむよ」

ああ、おまえをとられるのもくやしいな。ってそんなついでみたいな言い方は嫌だよ。吹雪さんの傍には私がアツヤくんの代わりにちゃんと居るから心配しないで。心配はしなくていいから、そんな顔しないでください。

「ねぇ、笑って?」

アツヤくんには初めて話した時のあの笑顔が一番似合う。自慢気にちょっぴり鼻に掛かる感じの嬉しそうな笑顔。そういえば私が好きになった切っ掛けがそれかもしれないなあ。足がなくなり始めた。もうなんだ、早いね。早すぎるね。にぃ、と歯を剥き出しにして無理矢理作った笑顔は歪になってしまってるけど好きなのには変わりなかった。

「ぜってーあいにくる、そしたら士郎からおまえをうばいかえすから!またな」

一方的に言うだけ言ってアツヤくんは、消えた。私にも何か言わせてくれたっていいじゃない。それじゃあ会いに来てくれたら次は私が一方的に伝える番で。

「またね」

見上げた空はもう真っ暗で、幾つもの星が瞬いていた。




─────────