3日目
ジリジリとアスファルトの上で俺は心で嘆いた。今日は朝から散々だった。物を取るために振り返ったら着替え中の葵ちゃんを見ちゃってビンタ、その痕をからかう浜野センパイ達、授業中も居眠りで怒られ天馬くんに心配され部活では霧野センパイに集中できてないと怒られて、いつもより疲れる日を送っていたのだ。
この三日間でストレスも限界に近いかもしれないのに後四日も続いてしまったらと思ったら胃がきゅるりと軽く鳴った。原因の奴はどこ吹く風。気にする様子もなく平然と過ごしている。
長いお昼休み。学校中の生徒がはしゃぐ中で俺は机に顔を伏せて盛大なため息を吐いた。思ったよりも大きく出てしまったのか側に居た何人かが肩を震わせ驚いていたのを横目で捉えた。びびってんじゃねーよ、とか心で悪態ついてみても口から出るのは変わらずため息ばかり。ここまで追い詰められたのは幼い頃の最悪な出来事以来かもしれない。誰かに相談さえできれば楽であったが自分から隠せと言ってるわけであり口外する事なんてできなかった。
持て余した感情に悶々としながらもぞもぞ動いて悩んでると机の端に誰かの体重が掛かる気配がした。
「狩屋ー、お弁当食べた?俺さっ、昨日いいカードが当たったんだ。やろうよ!狩屋も持ってきてるだろ?」
ゆっくりとした動作で視線を向ければ先には天馬くん。カードというのは最近流行している物で、実は俺もやっていたりする。サッカー馬鹿の俺達がサッカー以外に夢中になって遊べるのはこれだけだと言っていいぐらい楽しい。手札を広げて待っている彼には悪いけどと首を横に振った。
「家のテーブルに忘れたみたい。太陽の時間に他の子から誘われて気付いたんだ」
これは嘘ではなく本当だったりする。ちゃんと持ってきていたら気分転換には持ってこいのはずだったのに間抜けなことをした。
再び机にうつ伏せた俺の背中を叩いて天馬くんは大丈夫だよと声を張り上げる。その元気さを分けて欲しい。
「信助や葵も持ってるはずだし借りれば出来るさ!」
「人のデッキって使っても大丈夫なのかよ…?中身がバレると戦略も知られちゃうし」
「多分なんとかなる!二人だってそんなの気にせず貸してくれるよ」
全部自分に任せろとばかりに胸を張る天馬くんについつい力なくではあったけど笑ってしまった。彼のなんとかなるという言葉にはどこか安心させてくれる力がある。だからここは任せておくことにした。
「葵ー!信助ー!」
名前を呼ばれて各々返事をした二人が周りにやってくる。二人ともきょとんとした顔で天馬くんを見つめていた。
「狩屋が今日カードを忘れてきちゃったんだって。二人が良ければどっちか貸してあげられないかな?」
「はいはい!私のでいいなら貸すよ!」
「いいの?葵。ありがとう!」
「これどうぞ」
小首を傾げながら微笑んで渡してくるデッキを躊躇しながら受け取った。信助くんからだったら心置きなく借りれるところを葵ちゃんから借りてしまったとは。目を逸らしながら礼を述べる。
「カードもあるし、それじゃあ始めよう!」
「どっちも頑張れー!」
ぴょこぴょこ跳ねて応援する信助くんに気を戻し、俺はカードを並べ出した。
この時の葵ちゃんがどんな顔をしてたかなんて俺は知らない。
「お疲れさまでしたー!!」
あれから数時間が経って部活も終わった。皆と別れ、学校を出た先にある二手道で葵ちゃんとは待ち合わせしてある。人が居ないことを十分に確かめ隣に並んだ。
「今日もお疲れ!帰ったら私が洗濯してあげるからカゴの中に出しておくこと。分かった?」
「へぇへぇ」
やや上から目線なのが少々気に障ったけどこれで俺の労働が減ると思えば楽な方だ。
頭の後ろで手を組んで辺りの景色を見回しながら歩いていた。
「………よね」
「…なに?」
だからなのか、葵ちゃんが足を止めていたのにも気付けなかった。そのせいで何を言っていたのかも分からず思わず聞き返す。逆光のせいで目を細めた。
「そうだよね、狩屋にとっては最初から迷惑な話だったもん。狩屋なら我が儘訊いてくれるって優しさに漬け込んで。私ってなんでこう、最低なんだろう」
ぶつぶつと呪文のように唱える独り言に眉を寄せる。さっきまでの元気はどこに行ったんだ。言ってることが今は頭に入ってこない。頭は完全に混乱していた。
「私、明日出ていくね。今日までありがとう」
「はあ!?な、なんだよそれ!?家はどうすんの!葵ちゃんのお父さん達まだ帰って来てないんだろ?」
「やっぱり天馬に頼むから平気。…迷惑、いっぱいかけてごめんね」
「これで狩屋くんも肩の荷が降りたよね」
先に帰ってる。そう言い残されたまま鞄を強く握り締めて家の方向へ走り去ってしまった。
一人取り残された俺はというと、無意識のうちに手を伸ばしていたらしく虚しく宙を斬っていた。
「なん、だ、それ…」
嵐が突然やって来て突然去っていく。そんな気分が抜けない。
背後から鳴った自転車のベルで我に返り、道端に呆然と突っ立っているのも邪魔なので彼女が行ってしまった道をそのまま辿るように家を目指した。