設定は「少年Yの周章狼狽」から。
遊矢がZEXALの世界に来てしまったとだけわかっていれば平気です。





 泣き虫ですぐに泣いてしまう遊矢は、この時ばかりはすぐに涙を止めてしまった。ゴーグルは奪われ、頭はいつもより軽い。
「え、なん……ええ?」
 ゴーグルを奪った犯人であり真っ赤になって項垂れる遊馬を凝視して口元を押さえる。意味がわからなかった。

 不可抗力だったとはいえ何もかも放り出して此処へ来てしまった罪悪感と恐怖心に苛まれ、彼も眠ってしまった時間に屋根に登ったのに。いつの間に起きたのだろうという疑問が過る。しかしそれ以上に、今しがたされた事の方がよっぽど重要だ。
「な、なに? びっくり療法?」
「……」
 遊馬は口を開かない。唇を真一文字に結んで羞恥に耐えているようだった。遊矢も居た堪れなくなり赤面する。
「あの…さ、こういうのは好きな子とするもんだろ? 遊馬が優しいのはわかったけど、やっぱり小鳥にしてやれよ」
「……小鳥って、なんで?」
 漸く話したかと思えばついでに睨んでくる。いや、まんまるな眼で睨まれてもちっとも怖くはないのだが、ちょっとした気迫負けだ。先に目を逸らした遊矢は頬を掻いた。
「だって俺もお前も男だし、遊馬は嫌じゃなかったの?」
 その、と言いかけた言葉を濁す。視線を戻したが遊馬の真っ直ぐさはこういう場面でもぶれない。同時に苦手だと思う。自分にはないものを持っている、この少年が。
「遊矢は?」
「ん、」
「俺は、全然嫌じゃない。じゃなかったからしたんだろ。だからそう言う遊矢はどうなんだよ」
「どうって…」
 どうなのだろうか。たじろいた遊矢に覆い被せるように遊馬は話す。
「お前が嫌ならもうしないから。でも違うなら、もう一回だけしてみて確かめてみようぜ。俺も知りたいしな」
 両肘のあたりを掴まれまた近づいた距離に戸惑いが浮かんだ。同い年よりも背が低い遊矢でも年下なだけあって、遊馬の背はさらに低いところにある。なので必然的に見下ろす形になるのだが、こんなのはフトシ達で慣れていると思っていたのに遊馬相手になると振り払いたくなってしまう。それをぐっと堪えて体を強張らせた。
「ずるいだろ」
 遊矢が嫌いでもない相手に嫌だなんて言えないのをわかっていて突け込んでくる。それに実際嫌でもないから困ったものだ。そっちの趣味はなかったはずなのに。

 観念して双眸を綴じれば遊馬が少しだけ微笑んだ気がする。拒絶の色を見せるどころか求めた事に安堵したのだろうか。この少年は勇気があるわりには怖がりだ。
「す、するからな。や、止めるなら今のうちだから!」
「はいはい」
 止めてほしいのかとからかってみるのも悪くないが、遊馬のことだから恥ずかしい台詞と共に返ってくるだろう。想像するのも照れるので大人しく口を閉ざし、行動を待つ。

「んっ」
 まだかまだかと数秒経ってから来た柔らかな感触に慣れず体が跳ねた。はあ、と離れる際に熱のこもった息が口にかかる。
「ど、どうだった」
 目を開けた先には星明かりだけでも耳先まで赤くなったのがはっきり見える遊馬が動揺していた。
「…柔らかかったけど、遊馬リップしないからかさついてる」
「あ、うん。悪りぃ…って、そうじゃなくってぇ!」
「あははは、ごめん」
 彼の拗ねた時のくせなのか、ぷくーと膨れる姿は可愛い。意趣返しが成功したのが幸と出たらしく遊矢の気持ちは軽くなっていく。

 ペンデュラムを握り、前を向いた。下なんて見ていても、何も始まらないじゃないか。
「しても嫌じゃなかったよ」
 遊馬が傷つくような嘘は吐かない、吐きたくない。自分に素直になって遊矢はほくそ笑む。
「お前は?」
「遊矢と同じ」
 ほぼ即答で返してきた遊馬にますます笑みを深めた。

 きっと彼は気づいていないのだろう。遊矢へ向ける感情が間違いだと。愛されることに敏感だという点に置いては似た者同士でその上寂しさを理解している遊矢は、遊馬のことが手に取るように分かる。可哀想に。それと同時に愛しさが込み上げる。
「ゆーま。俺に言いたいこと、あるだろ?」
 彼を大切にしている周囲の人達には悪いが、何にでも早い者勝ちは有効だと思わないか。いくらそれが人間であったとしてもだ。
 迷いに迷って唸る遊馬は、やがて決心したのか至極真面目に云う。
「遊矢が好きっ…んぅ!?」
 そして全てを言い終える前に遊矢はその唇を奪った。どんな理由にせよ、自分だけに注がれる愛があまりにも嬉しくて。
 遊馬の手から滑り落ちたゴーグルで思い出したが、なんだ、着けなくても人前で泣けるじゃないか。


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