ゆらり、ゆらり。
 ペンデュラムが右へ左へ、往復する度に比例して大きく揺れる。
 ゆらり、ゆらり。
 ゴーグル越しに見えるのは本来なら青いはずのオレンジ。太陽に反射しては輝きを放っていた。
(もっとだ。もっと大きく揺れろ、ペンデュラム)
 父の形見と言っても過言ではないそれはいつでも遊矢を導いてきた。今回もまた、息詰まった末にペンデュラムを頼る。泣きたい時には笑え。それでも涙が出てきそうになればきつくゴーグルを締めて目を隠す。いつもと同じ、何一つやっている事は変わらなかった。

 ペンデュラムが一際大きく揺れた時、眩い光が溢れだし遊矢を突如包み込む。それはたった一瞬の出来事で、ゴーグルを外す暇もなく。
「な…っ!?」
 榊遊矢は跡形もなく、その場から消えた。



「ぐえっ」
 受け身を取ることなく地面に叩きつけられ、潰れた蛙のような声を出しながら腕で這いずる。タツヤが遊勝塾へ見学しに来た時も権現坂とのデュエル中にもこんな落ち方したなと嫌なデジャヴにはは、と失笑してしまった。
 今現在、遊矢は不思議な現象に巻き込まれたわけだが原因のペンデュラムを再度揺らしてみても何も起こらなかった。その代わりと言えばいいのか分からないが、全く見覚えのない景色が目の前に広がっている。一昔前の都会のような、舞網市とは違った此処は一体どこなのか。
 悩みに悩んで出てきた答えは、笑っていればどうにかなるだろうだった。そうと決まれば早速聞き込みに入る。その時ちょうど通りかかった少年へ声を掛けた。
「ねえねえ、君に聞きたいことがあるんだけど」
「…俺?」
「そう、君」
 少年は独創的な髪型をしていてやけに目立つ。その赤い前髪はどうなっているのかや、鋭く上へ向いた横髪は刺さるのかなど幼馴染みではないがツッコミたいのを呑み込んで尋ねる。
「ここって舞網市じゃないよね? 何ていう地名かわかる?」
「舞網市…? ああ、違うぜ。ここはハートランドシティだよ」
「…ハートランド…?」
 教えられた地名に引っかかりを覚え、なんだったっけなぁと指でこめかみをとんとんと叩く。ハートランドシティ、ハートランドシティ。何度も頭の中で唱えていると遊矢はあれ、と動きを止めてぐるりと周囲を見渡した。都市の中心にある高いハートの塔が目に留まり、思い出すのは学校の教科書。
「そうだ、ハートランドシティ!」
「うわっ」
 前触れもなく大声を出した遊矢に驚いた少年は肩を跳ね上がらせ怪しそうな視線を送ってくる。だが遊矢にはそんな事を気にしている余裕はなかった。なんせその地名は遊矢の生まれる何十年も昔にあった場所なのだから無理もない。エクシーズ召喚を生み出し、世界規模で開催されたWDCは現代においても伝統として伝わっており教科書にも載るほど有名だ。胸元で輝くペンデュラムを摘み、ありえないと口元が引きつる。
 第一の聞き込み調査で分かったこと。榊遊矢は生まれる前の時代へタイムトリップしてしまったらしい。



 落ち込んでしまった遊矢をどう見ても年下の男の子が慰めるという一見すると恥ずかしい図を保ちながら街を徘徊していた。あまりにも頼りのない遊矢を心配してか少年は案内役として着いてきてくれている。情けなさを感じながら見知らぬ地で一人きりではないその有り難みを噛み締めていると少年は紅い瞳をこちらへ向け白い歯を見せた。
「よかったら名前教えてくれよ。俺は九十九遊馬!」
 遊馬は人懐っこそうに目を細める。思わず言葉が詰まった。こうやって塾生以外の誰かから純粋に笑いかけられるのはいつぶりだろうと頬が緩むのを抑えきれずむず痒くなる。
「俺は榊遊矢だ」
「遊矢か、よろしくな!」
「ああ、よろしく」
 にひ、と子供らしい笑みで差し出された遊馬の手を握り握手を交わす。離そうとした相手の手に反対側の自分の手を重ね心の中でいち、にの、さんと唱える。遊馬は訝しげに遊矢を見つめた。
「はい!」
 ぽんっ。どこからともなく自分達の手の中から現れた飴に呆気に取られたまま遊馬は話さない。
「この飴は私と貴方の奇奇怪怪な出逢いの中で生まれた友情の証です。どうぞお受け取りください」
 ピエロのようにお辞儀をしつつ、未だ黙りこくっている遊馬に不安が募る。そろそろ喋りかけるべきかと顔を上げれば、予想とは正反対のきらきらと輝いた表情に今度は遊矢が呆気に取られる番だ。
「す…すっげー! 今のどうやったんだよ!? こんなに近くで見てたのに全然わかんなかったぜ!」
 中々お目にかかることのできない反応ぶりに、嬉しいはずがゴーグルを着けたくなった。熱くなる頬と垂れ下がる目尻に遊矢が言えたのはたったの一言。
「…ありがとう」
 その言葉冥利に尽きる。



 腰のデッキケースに気付いたらしい遊馬はさっきとはまた違った輝いた目で少し高い遊矢を見上げ、よくデュエルの話をするようになった。たまに出てくるアストラルという人物は余程信頼が置けるらしく、聞いている遊矢までもが楽しくなる。
「遊矢のデッキってどんなのなんだ?」
 ふと尋ねられてしまい、遊矢は戸惑う。この時代にペンデュラム召喚は存在しないし、元の時代でも使い手が遊矢しかいない。これをどう説明すべきか迷ったが一人に見せるぐらいなら平気だろうと踏み、デッキを取り出した。
「これが俺のデッキ」
「わ、何だぁ? このカード。二色に分かれてるけどモンスターカードなのか?」
「それはペンデュラムカードと言って、普通はモンスターカードなんだけどペンデュラム召喚する時は魔法カードにもなるらしいんだ」
 遊馬はふーん、と返事はしたがよくわかっていない様子だった。遊矢だってまだ理解できていない部分が多い謎に満ちたカードなのだから、使ったことがなければ当然であろう。それに言っちゃ悪いが、頭が良さそうにも見えやしないし。
「俺、そのベンデテル召喚ってやつ見てみてー!」
「…ペンデュラムね。一気にイメージが汚くなるからその間違いは止めてくれよ」
「はは、ごめんな。そんな事よりも早く!」
「はいはい」
 やはり馬鹿であったかと思いながら急かされるままにデュエルディスクをセットする。アクションデュエルの前振りはやるかやらないか迷いはしたが、考えればこの時代でしても無意味だったと開き直り静かにやった。多少の物足りなさもあったけれどデッキから用意すべき五枚のカードを抜き取り手札に加える。
「俺はスケール1の星読みの魔術師とスケール8の時読みの魔術師でペンデュラムスケールをセッティング!」
 デュエルディスクの両端へカードをセットし、PENDULUMと浮かび上がった事を確認して、違和感が襲う。
「これでレベル2からレベル7のモンスターが同時に召喚可能! 揺れろ! 魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク! ペンデュラム召喚! 出でよ! 我がしもべのモンスターたちよ!」
 まさか気のせいだろうと続行し残り三枚のカードをセットした。が、何も起こらない。
「あれ…?」
「うおおおー! ペンデュラム召喚かっけぇー!」
「え? んん?」
 遊矢は何も見えていないというのに遊馬にはペンデュラム召喚が成功しているところが見えているようだった。ディスクは故障しておらず首を傾げるばかりだ。困惑する遊矢を見兼ねた遊馬は呆れたように言う。
「Dゲイザーし忘れてるぜ」
「え、何それ」
 生まれてこのかた十四年。ソリッドビジョンはデュエルを感知すると自動で発動してくれるものとばかり認識していて、その為に必要になる道具が在るなどこの時初めて知る。塾の講座で言っていたかもしれないが、ついふざけてしまう遊矢とあの塾長では上手い具合に進むわけもなく勉強した事は大切なこと以外右から左へ突き抜けてしまっていた。
 またまたー、とヘラついていた遊馬も遊矢が冗談で言っているわけではないと察してきたのか奇異そうに耳にかけていた機械、Dゲイザーを外す。
「遊矢…お前、人間か?」
 我慢できず、ぶっと吹き出した。人間以外に何があるというのか、変な質問に噎せこみながら遊矢は目を白黒させる。だがふざけてるわけではないと雰囲気で読み取ると縦に頷く。
「れっきとした人間のつもりだけど」
 此処ではイレギュラーではあるが、人外になった憶えは絶対にない。
「そっか、ならいいや」
 答えに満足したらしい彼は滲み出ていた警戒心を解き、後頭部で手を組んだ。遊馬はそれで終わらせてしまったが、本当に謎の質問である。

 ペンデュラムのせいか、過去へ来てしまい頭を抱える遊矢と面白い奴に逢ったと笑う遊馬。彼らの元へ高エネルギー反応を察知し全身白タイツの青年が空を飛んで来るまで、時間はそう掛からなかったという。


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