!ツイッターで書いたものを加筆修正



 きっとバリアン態のままであったなら同じぐらいの大きさであったろうこの手は、情けないほど縮んでいる事にはたと気がついた。組まれた小指なんて細過ぎて簡単に折れてしまいそうなのだ。だからと言って己が弱いとは認めたくない。ベクターはそういう男である。
「ゆびきりげんまん」
 ベクターの心境など知らない片桐は囀るように歌い始めた。
「嘘ついたら針千本飲ます」
 聞こえたフレーズはとんでもない拷問内容で思わず顔を顰める。さすがに冗談だろうがヌメロン・コードによって書き換えられた体にそんな事をされてしまえば一溜まりもない。幾度と生を繰り返し、何千年も存在してきたとはいえ、やはり死は恐ろしいものである。例え、何百何千と人間を殺した残虐さを持ち得ていたとしても。
(…思い出すんじゃなかった)
 ここで小さく舌打ちをする。胃から食道へ熱いものが込み上がってくる気配がしたが、逆に送り返した。
 そもそも、何故こんな事をしているのか。
「指切った」
 と満足そうに離す彼から目を逸らしつつ事の始めを振り返った。

 確か、夜中にふと目が覚めてベッドから抜け出していた間にベクターがいないと気づいた片桐が、戻った途端安心しきった顔で抱きしめてきたところだったろうか。彼は相当焦っていたようで何度も繰り返しベクターを呼びながら、べたべたと触れては力なく笑っていた。
「また消えちゃうかと思った」
 この時とても驚いた記憶がある。数回瞬きをして遠慮がちに脇腹にあたる服布を握ると、より強く抱きしめられた。それがあまりにも心地良くて消えかけていた眠気も帰り、そのまま片桐の胸の中で眠ってしまったような気がする。
 朝にはベッドに二人で並んでいて、あれは夢だったのかと疑ってしまうほどぐっすりと寝ていたのだ。まさか真夜中に目覚めた理由が人肌恋しかったなんて冗談ではない。
 鳥肌を立たせていると隣で漸く起きたらしい片桐は寝ぼけ目でベクターを引き寄せ、髪に頬擦りをしてくる。
「…朝だぞ」
「んー」
 起きているのかすら怪しい返事に頭を抱えたくなった。仕方ないと暫く勝手にさせていると、突然ぱっと離れた片桐が名案だと言いたげな表情でベクターを見た。
「指切りしよう!」
「……何言ってんのお前」
 誰が好き好んで指なんか切るんだよ、デュエリストは手が命だろと視線で訴えれば綺麗に笑みを浮かべて、
「うんうん、そうしよう」
 と上機嫌にスルーされた。
「小指出して」
 まさか彼からそんな事をされる日が来るとは。嫌だとばかりに首を全力で横に振って両手を後ろへと隠す。その顔が真っ青だった為に事情を察した片桐が「ごめんごめん」と気の抜けた謝罪をしてきて続けて説明をする。
「指切りっていうのはね、言葉の意味のままじゃなくて日本特有の約束の方法なんだよ」
 本気で切るわけじゃないから、と苦笑を溢して頭を撫でる片桐を半信半疑で見つめているうちにそれはそうかとベクターの中で結論づいた。第一、彼にはそんな度胸あるわけもない。
 開き直ってしまえば後は簡単で、素直に小指を突き出す。
「やるならさっさとやっちまえ」
 そう言ってやると彼の表情が途端に輝きだしたので餓鬼くさいと感じても本当の事なのだから何も悪くないだろう。

(…ああ)
 そういえばこんなだったな、と胡座をかく。起きてから一歩もベッドから出ていないので着替えもまだであるのにベクターは疲労していた。
「約束、したからね」
「ん」
「もう僕の前から何も言わずにいなくならないでよ」
 唇に一つキスを落として肩に顔を埋められる。
 元々真月零として此処に住んでいた時も一年にも満たない短い期間だけだと教えていたのに、戦いも終わりいざ戻ってみれば彼は強い独占欲を抱いていた。どこから踏み間違えてしまったのか。遊馬をどう陥れるかに夢中になっていたベクターには分からない。ただ人間とは非常に面倒くさい生き物だという事は身を以て分かった。
 そんなベクターも今やすっかり人間へと成り果ててしまいとんだ笑い話になるが、白状すれば悪くはなかった。

 人間は成長する、つまり身体が大きくなる。いつかあの姿と変わりないぐらい背が伸びた日には、彼を笑ってやるのだ。「約束通りいなくならなかったぞ」と。それから今度はこちらから何かしら約束をとってつけてやろう。その重なった小指に優越感を覚えるのは多分、そう遠くない。


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