両肩には洋服、両手には小物を大量に担がされ、それでいて人が多いデパート中を歩かされた今日が命日になるかと思った。見た目は美少女のメラグが一挙一動で浴びた注目が草臥れたベクターへと注がれると、妬みの中に可哀想にという同情も含まれていて、いっそ死んでしまいたい。人間なんぞにとんだ醜態。ベクターは顔を覆いたくなったが、そうしようにも出来ない状態にこの地獄から逃げだせないかと考える。結論、無理だ。彼女から逃げ出そうだなんてあのナッシュでさえ無茶振りするなと悟らせるのに、こんな格好のベクターではゼロに等しい。今にも鼻歌を歌い出しそうなメラグを恨めしく睨みながら、こうなってしまった原因を思い出し額に青筋を浮かべた。
 メラグの呼び出しだと分かっていれば今日一日は家で過ごす予定であったのに。前日学校で小鳥から呼び出され、大切な話があると指定された場所へ向かえば居たのは他の人物。謀られた。気づいたベクターが来た道を戻ろうとした時にはもう、ひやりと背後から重圧が。その寒気はあの午後に感じたものと同じだった。お陰で人間不信が強まったとどうでもいい事を思う。
「あそこで一休みしましょう」
 果たして彼女に休む必要はあったのか。とにかくベクターにとっては万々歳の提案で首を縦に動かす。

 アイス店の脇にちょこんと置かれたベンチは狙ったみたいにそこだけが閑散としていて二人で座ってもまだ隙間ができていた。マナーがどうとか知ったこっちゃないと隅の方に荷物をやってぴったりだ。
「小鳥さんから伝言」
 疲弊して膝に肘を預けながら俯いていた顔を軽く上げる。
「ごめんなさいと、貴方に伝えるように」
「…いつ」
「さっき連絡を取り合っていた人が彼女よ」
 悪口を言ったら足を踏み潰されたあの時かと舌打ちする。文句の一つでも言ってやらねば収まらない苛立ちにベンチに八つ当たりした。隣からはメラグの冷めた赤が突き刺す。
「彼女に怒りをぶつけたいなんて考えない事ね。ベクター、あなた実は幸せなのよ。見て見ぬ振りをしているのだろうけど、あんなに心配してくれる人が居るんだから」
 心配? 誰が。とは言えずに押し黙った。
「小鳥さんは、ベクターと分かりあいたいけれど自分では役不足だからと私に相談を持ちかけてきたわ。こちらまで悲痛に浸ってしまうほど貴方を心配していたの」
「……、…ばかじゃねーの、あいつって…ホントさぁ」
「言っておくけど、馬鹿なのはあんたの方。自分の殻に閉じこもってばかりで……私だって、貴方の事は心配してるって言ったじゃない」
 メラグは気丈に振る舞い、真っ直ぐにベクターを射抜く。かち合う視線の中でやはり彼女が嫌いだ、そう唇を噛み締めた。逸らしてしまえばメラグにも、彼女を通して感じられるナッシュにも負ける気がして、取り繕いで嘲笑う。
「お前が? はっ、笑わせてくれるじゃねえか。てめえを殺したのはこのベクター様だぜ? そんな奴に心配とか頭おかしいんじゃねーの」
 小鳥の方はあんな事件があったから百歩譲ってまだ分かる。けれどメラグにそこまで心配されるなど信じられるわけがなかった。あれけ憤怒し、憎んだ相手に、あり得ないだろう。表には出さないがベクターは相当焦らされていた。あの時だって、本気にはしていなかったのだから。
「そうね。で?」
 なのに平坦に返された。怒る事を期待していたのに、メラグはそれを意図もたやすく裏切ったのだ。
「で、ってお前…」
 ふっかけた相手に何の面白みもない返しをされるのをベクターは嫌う。だからミザエルのような皮肉も伝わり反抗してくる輩が好きなのだが、その涼しげな対応には拍子抜けしてしまい背凭れに寄りかかった。
「俺が許せねえんじゃないのかよ」
「許せないわよ」
 それにしてはやけにあっさりとしている。ゆっくりと息を吸ったメラグは次々と流れゆく人の群れを見た。
「ええ、今でも憎たらしいと思うわ。貴方のせいでお兄様が、ドルべや兵士達や国のみんなも、私の愛したものすべて奪われてしまった。人間だった時の記憶は失っていたけれど、バリアンとして生まれ変わり、ナッシュと共に居る事で感じていた幸せも貴方の手によって終わらされてしまった。そして全てを知り、凌牙と再び並んで生けることがどれだけの幸福だったか。もっと一緒にいたいと願った時にはもう、貴方に…」
 殺されてしまった。はっきりと告げられはしなかったが、言われなくとも十分通じる。

 弛まない彼女の目に留まるのは家族連れが多かった。
「でも、それじゃいけないのよ。私達は悲劇を繰り返さないよう、新しい道を見つけないと」
「ふーん…でも“見つけないと”って事は、まだ見つかってねえわけだろ? なかったらどうすんだよメラグちゃん?」
 恨みつらみをもっと聞かされるかと思っていたベクターは純粋に疑問を投げかけた。そうねえ、と一度俯いたメラグがベクターにたおやかに向き合い。
「まだ許せないけれど、その代わりに理解するというのはどうかしら?」
「はあ?」
 凝視するベクターを尻目に彼女は席を立つ。ヒールを鳴らしながら少しだけ歩くと、後ろで手を組みくるりと半回転して優美に微笑み。
「何故ベクターはああしなければならなかったのか。視点を置き換えるだけでも印象はだいぶ変わるものなのよ?」
 気がつけば近づいてきたメラグに手を引かれ、ベクターは立たされる形で腰を上げた。あれだけの荷物を片手で運ぶのは辛かったが、それを文句する暇もなく様々な店を通り過ぎて行く。

 するとある一角を過ぎた所で、わっと周囲が沸きだした。何事かと目を見張れば小ぶりのステージに不似合いに飾られた派手な看板と、何よりも金と赤紫に分かれた髪の男にベクターの目は奪われる。メラグは変わらず口元を緩めたままその男を穏やかに捉えていた。
「私は彼、Wによって全身に火傷を負わされ意識不明の重体で入院していたわ。それで別に復讐しようだなんて凌牙の事もあったから微塵も思ってはいなかったけれど、私を使って凌牙を陥れるような下衆に油断して無様な姿を晒してしまった屈辱の思いはあったわ」
 挑戦者と互角に見せかけた巧みなデュエルはじわじわと優勢な方へ展開されていき、坂から転げ落ちるようにあっという間に彼がこのデュエルの勝者になった。
「でも蓋を開けてみれば悪かったのは彼ではなかったの。それから私は一方的な真実だけじゃ駄目だと考えていて」
 だが、そのデュエルは卑劣なものだとかそういうものは感じさせない。相手を思いやる温かみがある。それを何故か彼女は自分のことのように誇らしげにしていて、此方に気づいたWに軽く手を振る。
「だからまずは相手を理解する事から始めたわ」
 そう言い切ったメラグはぱちりとウィンクを決めた後にベクターから荷物を一つ取り上げ、肩へと通した。
「これは私の分だし、買い物も終えたことだから自分で持つわね」
「…ん? それはって、じゃあこっちは誰のなんだよ?」
 手元に残った方を指差せば不可解な面持ちで小首を傾けられる。
「貴方の物に決まってるでしょう?」
 さも当然であるかのように吐き出された言葉はベクターにとっては衝撃的で、あんぐりと大口を開ける。あのメラグが、そんな馬鹿な。
 まずベクターは誰かから贈り物をされるなど同居人以外からされた事がなく、何かの罠ではと用心深く、慎重に袋の中を覗く。黒を基調とした洋服、それも男物とくれば確かに彼女の物でないと分かるが呪術でもかけられているのだろうか。そんなベクターの考えを悟ったのかメラグは腕を組んで失礼ね、と睨む。
「どうせ貴方も休日はその服ばかり着ているんでしょう? 凌牙もドルべもアリトも、うちの男性は皆そうなのよ。だから買ってあげられる機会を探していたの。おめでとう、貴方が二番目よ」
「お、おう…?」
 安全な物だと判明したのは良かったが、しっくりと来ない。ベクターは彼らと共に住んでいるわけでもないのに彼女に買ってもらわなければいけない理由が見当たらないからだ。貰えるのなら貰っておくが、女から贈られるとは情けないような。
「…メラグ」
 生唾を呑み込んで呼び掛ける。ベクターの言葉を待つ彼女から視線を微妙に外して親指をぎゅっと隠した。
「……ありが」
 ビーーー。全て言う前にデュエル終了のブザーが広場中に鳴り、ベクターの体は大きく震えた。ステージではまたしてもWが勝者として佇んでいる。
『スペシャルゲストイベント、本日はプロデュエリストとのデュエルはここまでとなります! プロデュエリスト一同、挑戦者の皆様もお疲れ様でした!』
 大きな声援と拍手に包まれながら奥へと消えたWとアナウンスのタイミングの悪さに緊張も力も抜けてしまい、恥ずかしさだけが場に残る。
「…ごめんなさい。何か言っていたようだけど、聞こえなくて。言い直して貰えないかしら?」
「いや…、もういい」
 礼ぐらい後ででも言えるだろうとベクターは諦めた。メラグも大して気に留めた様子もない。それよりも、だ。先程のアナウンスにとんでもなくよからぬ予感がする。
「ベクター、着いてらっしゃい」
 命じられるままに滞在していた足を運んだ先はゲストの控え室だった。


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