僕はベクターの分身でしかありません。彼が遊馬君を倒せと言ったらそうします。だって、本体には逆らえませんから。
 でもそれで良いんです。遊馬君とずうっと友達のままなんて、ベクターがバリアンである限り絶対にあり得ませんし。それを始めから分かっているから区切りもついてます。ちょっとだけ寂しくなるかもしれないけど、僕にはベクターが居てくれますから。

 人間世界で過ごしてもボロが出てしまわないように文字も、言葉も、全部ベクターは教えてくれました。だからある日ベクターに「お母さんみたいです」と覚えたての知識を活かしながら言ってみたところ、珍しく不意を突かれたとばかりにぽけっとしていた。僕と同じ色の瞳が丸くなって、頬が熱くなってしまうぐらいとても綺麗でした。
 もしかしたら甘いのかも、そう思って舐めてみたらしょっぱかったんです。吃驚してベクターを凝視したら「こっちのが驚いたっつの」、痛い、額がひりひりします。手が早いなあ。彼の悪いところだと中指で弾かれたところをさすりながら思います。
「てめえの考えてる事は俺様に筒抜けだって事、忘れてんだろ」
「ひゃー!」
 地味に弾かれ続けた額は真っ赤になっていて。遊馬君に尋ねられる事となるまで残すところ数時間。ベクターの爪は長いから猫に引っかかれたと言って誤魔化してみせます。じとりと睨まれても僕は怖くありません。

 頬杖をついて瞼を綴じる無防備なベクターを僕は膝の上に向かい合う形で座りながらじっくり見つめました。
「えへへ、ふふっ…くひひひっ」
 おっと、素の笑い方が出てしまったけれど真月零がするもんじゃない。怒られてしまう前に両手で口を塞いでも、それでも笑みは止まないのです。ベクターがこんなにも安心しきったところを見れるのは分身である僕のみだと胸を張れます。
 ベクター、僕の世界。抑えきれない程の愛しさに彼の喉を唇でなぞる。ここにこうやって触れるのは僕が初めてで、ぶわっと征服感が押し寄せてきました。
「ベクター愛してますっ」
「俺も愛してるぜぇ?なんせてめえは俺自身なんだからな」
 そういう意味じゃなかったんですけど…、まあいいでしょう。いつもなら目敏いくせに、どうしてこういう話になると途端に鈍くなるのか。答えは簡単です。ベクターが信じられるのは自分自身だけだからでした。なのであの返事は間違えているようで実は正しかったりします。僕だってこれがどんな種類の愛に当てはまるのか、正直なところわかりませんし。家族愛なのか、恋愛なのか、生まれたての僕にはまだ難しいみたいです。


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