!最終回前に書き終えたく捏造たっぷりで、矛盾やらツッコミどころ満載です。後半につれてぐだぐだ。
!ベク+ことメインですが、ほんのり片ベクとゆまこと描写が入ります。





 三つの世界を巻き込んだ大乱闘は九十九遊馬、そしてアストラルによって終止符を打たれた。そもそもの根源であったベクターは周りからの信頼はゼロに近く、また悪巧みをするのではないかと常に目を光らせられているが、何がどうなったかあれほど見下していた人間に成り下がってしまったお陰でそんな気はさらさら起きなかった。それどころか目的も失ってしまい生きている意味さえ分からなくなっているというのに。遊馬に誘われて再び学校に通ってはいるけれどベクターは独りで居る事を強く望んだ。人間なんかとは馴れ合う気もなく、性格もそのままのベクターを貫き他人を遠ざけている。唯一、遊馬だけが諦めずに話しかけてくるのだが耳障りだった。真っ直ぐである事は良い意味で捉えがちな世の中ではあるがよく周囲を見回して欲しい、ナンバーズクラブとその他愉快な仲間達のあの顔を見たか。一度だけ折れたベクターが屋上で揃って昼食を摂った日、トラウマで引きつった笑顔しか出来ずギクシャクとした重苦しい空気、馬鹿正直しかいない集団であるから演技など以ての外だ。あの出来事はベクターを更に孤立に深めさせる結果を招いてしまったのだ。

 帰りも遊馬から誘われてしまう前にHRが終わってすぐに教室を後にした。少し前までは真月零として遊馬を振り回す騒がしかった道が、今は遠い。置いてかないでよ、なんて泣きながら演じて言ったものだが置いて行っている側になってしまっている事に失笑する。だが今も昔も変わらず、孤高で居る事の方がベクターとしては正しい姿なのだ。これだけはどう足掻こうが逃れられない運命なのだと知っている。
 茜色に染まった空を仰いで溜息を洩らす。ここでベクターは振り返った。
「どぉして着けてくるんですかねぇ。それで気配を消したつもりか?」
 視線の先には学校に行けば嫌という程見れるピンクの制服、しかも遊馬の周りを誰よりも一番にうろちょろしていた緑髪の少女が居る。観月小鳥だ。声を掛けられ肩がびくりと動いたのも束の間、スカートの裾を握りながらベクターを睨みあげた。
「わ、私もこっちの方角なのよ」
 声は震えていたが強気な態度は変えないらしい。恐がっている事は一目瞭然であったがそこを煽ろうとは思わなかった。彼女にはさして興味もないし、遊馬と幼馴染なら嘘は言っていないだろう。あっそ、と止まっていた足を元のように動かすと小鳥も着いてくる気配がした。一定の距離を保ったまま会話がない状態が続く。

 曲がり角に差し掛かった所で後ろの足音が止んだ。どうやら此処でお別れらしい。特に挨拶もする事無く、それぞれの帰宅路を辿るのだろう。
「真月君」
 しかしそうもいかなかった。不意を突かれて一瞬誰を指す名前なのか気づけなかったが、それは自分の事であったと少し遅れたように「…は?」と返事をする。どうも遊馬以外の者からその名前で呼ばれると反応が鈍くなってしまう。人間になってからは碌な会話もなく珍しい行動が気になり体ごと彼女に向けると、やけに落ち着きを払っていた。胸の前で手を組み合わせベクターから目を離そうとはしない。
「私があの場に居たこと、覚えてるかな?」
 あの場とは、ベクターとナッシュの決着をつけた時の事だろうか。ぼかした言い方をしているが、多分合っている。小さく頷けば手を握る力が強まったように見えた。
「ベクターがした事は絶対に許せないわ。これからも、ずっと許す事はないと思う。だって遊馬を、大切な人達を沢山傷つけたんだもの。皆も言わないだけで…」
「言われなくても知ってますよ。皆さん隠そうにもバレバレな三流役者さんばかりですからね。それで? 小鳥さんは何が言いたいのか、もっと簡潔に言ってくれませんか。僕も暇じゃないので」
 最初に名前を呼ばれたのは真月零だった。だからキャラも変えてやったのに小鳥は驚いたまま首を横に振る。まるでそうじゃないと言いたげに、眉をぎゅっと寄せて。
「でもね、遊馬もまた、貴方を追い詰めている事も分かってるの。遊馬はずっとどこかで真月君の陰を求め続けて、平和の象徴であった王子の記憶を見てからそれがもっと濃くなっちゃって、本当の貴方の姿を未だに受け止められていない事も近くで見てきたから私には分かる」
 その言葉にベクターは下唇を噛み締めた。それを見逃さなかった小鳥が近づいて来た時にはしまったと思った。ベクターだって言われなくとも気づいていたのだ、最期まで真月と呼び続けた遊馬へ最も抱いた感情は純粋な恐怖であったから。ベクターという人格を認めているようで否定している遊馬だからこそ執拗に近づいて来られる。分かっていたから、孤独を選んだ。周囲から身を引きたいのはきっと建前でしかなく、遊馬から許されない事が何よりも嫌だった。

 は…、と自嘲にも似た息を吐く。いつからこんなにも弱くなってしまったのか、昔の自分がこの醜態を知ったら殺していただろう。遊馬とのあの言葉の交わし合いはそれ程迄にベクターを追い詰めていた。
「小鳥さん、僕は簡潔にとお願いした筈ですよ。せめてどちらの味方なのかハッキリしてくれませんか。言い方がややこしいんです」
「私は昔から変わらず遊馬の味方よ」
「…でしょうね」
 肩を竦める動作をしたが予想通りの答えにベクターは呆れもせず口元に微笑みを浮かべる。万が一にも此方の味方だなんて言われても信じない。間を置く事なく言い放った小鳥の素直さには清々しささえ覚えた。
 彼女によって縮められた二人の距離はもう一メートルもないだろう。不自然な沈黙を保ったまま、先に視線を逸らしたのは小鳥の方だ。
「遊馬の味方だから貴方を前みたいに真月君と呼ぶ事に決めたの。良いでしょう?」
 俯いていて表情は伺えない。だけど人の感情を散々弄ってきたベクターだからこそ、彼女が今とてつもなく辛い思いをしている事を感じ取れた。頑張って逃げ出してしまわないよう、幼馴染の心を少しでも救う為に必死になる健気な少女。とんだ茶番だ。
「勝手にして下さい」
 今度こそ呆れたように告げれば勢い良く顔を上げ目を見開かれる。皮肉を言われるのを覚悟に勇気を振り絞ったらしかったが、意外と呆気なく許可を出したベクターを訝しんでいるといったところか。
「…僕はこれで失礼します」
「あっ!ま、待って!」
 これ以上茶番に巻き込まないでくれとばかりに踵を翻し、腕を取られる。鞄がずるりと肩からずり下がったのを不快に思いながら瞳を揺らす小鳥を見た。いや、見ただけでは済まない。真月零らしからぬ睨みをつけ震え上がらせた。
 一瞬掴まれる力が緩み、すかさず手を振り払う。鞄の紐を正した後ベクターは背を向け、帰るべき家に歩を進め出した。
「…っ真月君! 私の話を聞いて!」
 小走りで追ってくる声を無視して朝来た道を戻って行った。待って、お願い。小鳥は飽きる事なく何度も同じ言葉を繰り返す。次の交差点で家に着く、そうしたら漸く別れが訪れるのだ。なのに何の因果か、本来の家主がその先には居た。



「大介…さん」
「やあ、おかえり。彼女は友達かい?」
 プロデュエリストとして活躍する彼が、何故この時間に帰ってきたのか。小鳥の方はと言えば、驚きで言葉を失っているようだ。そういえば誰にも片桐大介と暮らして居る事は教えていない。厄介な事になってしまったと舌打ちをしたくなったものだが片桐の前では出会った当初から演技をし続けている。その方が共に暮らす上で過ごしやすいからだが、苛立ちを表立たせられないので考えを改める事になりそうだ。
 二人の深刻そうな雰囲気を汲み取った片桐は鍵をくるくると指で回しながら小鳥へと笑いかける。
「君、お茶でも出すから上がっていきなよ」
「え…でも」
「この家の場所を誰にも教えないって事が条件だけど、二人とも落ち着いた方がいい」
「……わかり、ました」
 何が分かっただ、餓鬼はさっさと家に帰って勉強でもしてやがれ。そう言いたいのを抑え込み最後にベクターが家の中へ入った。不安そうな顔でちらりと振り向かれたが不満など隠した曇りのない笑顔で見返してやる。
「もしかして零の彼女?」
「違います。分かってる癖にからかわないで下さい」
「ごめんごめん」
 こっそり耳打ちしてきた片桐に頭を痛めながらベクターは椅子に座るよう小鳥へ促す。物珍しそうに失礼にならない程度で家中を目配せする居心地の悪さにたまらず溜息が出てきた。片桐がお茶を淹れてくると離れた隙に話を始める。
「相変わらず遊馬君の人を魅了する力は素晴らしくて、大ファンの僕は嬉しさのあまりに涙してしまいそうです」
 裏返せば、遊馬のせいでとんだ迷惑を掛けられた。第三者が聞けば微笑ましいと思うかもしれないが、正しい意味で把握した小鳥は膝の上で拳を握り締め眉尻を下げた。人間が己の罪に苛まれる姿は本来ベクターにとって楽しい光景であったのに、目の前の相手には酷く腹が立つ。早く追い出してしまいたいが片桐の言う通り、一度落ち着いて話し合わなければ明日もそのまた明日も蹴りをつけるまで追ってくるのだろう。どいつもこいつもそんな奴ばっかりだ、と心で悪態をついた。
 片桐がお茶を持ってくるまで暫く待つことにしたベクターは黙りこくったまま何も話さない。それもそうだろう、話があると言うのは彼方だけでベクターには全くないのだから。小鳥の方も脳内で話す事を纏めているのか、やけに真剣な顔をしてテーブルの一点を見つめ続けていた。
「お待たせ」
 五分にも満たない時間で並べられた二つのコップと申し訳程度に盛られたお菓子は今の空気にはあまりにも不似合いで、小鳥も堪らず苦笑を洩らした。揃って礼を述べると各々コップを持ち、喉を潤していく。一気に半分まで飲み干せば、成る程、胃に何かを入れた事で先程よりも幾分か冷静にはなれた。それは相手側も同じだったらしく固かった表情も多少はましになっていた。
「さてと。役目も終えた事だし、俺は席を外そうかな。零、女性を傷つけたなら責任を取らないと男が廃るぞ」
「その言い方だと誤解されたままみたいですが、違いますってば…」
 茶目っ気たっぷりで自室に消えていく片桐の背中を複雑な心境で見送るとそこから視線を元に戻し、素になったベクターはどっと押し寄せてきた疲れからか行儀悪く脚を組んで頬杖をつく。無性に甘い物が食べたくなってクッキーを一つ摘まむと眉間に皺を作りながら咀嚼した。
「…私って貴方の事、全然知らなかったのね」
「そうだろうなぁ。奴との事は口外してねーし、てめえが初めてだぜ」
「シャーク達にも話してなかったの?」
「ふざけんな、あいつらに話したらまた俺が企んでるとかで騒がしくなるだけじゃねえか。ったく、バリアンの力が無くなった子供に何が出来んだよ」
 嫌な名前を聞いてより深く皺を寄せたベクターの手は次々に甘い物を欲した。へーえ、と気の抜けた返事に自分から尋ねてきて癖にとやっかみを付けたかったのだが、彼女はなんだ、人の地雷を踏みつける天才なのかと怒りを通り越して馬鹿馬鹿しくなってきた。そこまで出かかっている罵倒を、飲み物と共に喉奥へと流し込んでしまう。さすがは幼馴染、悪い意味でとてもよく似ているじゃあないか。不躾にも程が有るとはベクターにも言えた義理ではないので敢えて口にはしないけども。
「で、本題は? まさか仲良くお茶会してお開きなんてのが目的にすり替わってたとか、鳥肌しか立たねえ事はしてくれるなよ」
 脚を反対側で組み直しつつ持っていた縦長のお菓子で小鳥を指せばそこまで卑しくないと言いたげに睨まれたので、ベクターはくくくと声を震わせた。頬が僅かに紅潮していて何処と無く恨めしそうだ。


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