ヨハ明日の続き
泣いている。あの天上院明日香が、背を丸めてひっそりと。
草陰で呆然と佇んでいたがハネクリボーが彼女の周りをくるくると回るのを見て十代はゆっくり近づいた。遠目からでは分からない身体の震えに脆さを垣間見てその肩へ触れかけた手は引っ込める。
「なぁ」
たった一言呼び掛けただけで過剰な反応をしてくるその姿はすっかりいつもの彼女を失ってしまってる。これに至るまでの経緯は十代は勿論知らないし、きっと彼女も話そうとはしないだろう。歯痒さを感じながら十代は明日香の隣に立ち真っ直ぐに見据えた。微かに赤くなってる目元に胸がどうしてか締め付けられ苦虫を潰したかの表情で胸元を握りしめる。
痛い。まるで心臓に縄を括られたみたいだ。
ふと気づいてしまった口許の血に十代の顔からは血の気が引いた。まだ決めつけるには早い筈なのに、先程あんなに躊躇った明日香の肩をいとも容易く掴んで十代は問い詰める。
「お前何された!?」
「きゃ、十代…!? いたっ…!」
片目を歪ませた明日香にはっとしながら掴む力を緩め、彼女の口許に付着した血を人差の指で拭い取った。
(何でこんなに焦ってんだオレ…)
冷静になれ、と首をぶんぶん横に振り怒りを追い出した後改めて明日香に目をやる。あの明日香が全てに怯えてるように震えるなんて、どれほど恐ろしい目にあったのか。ヒーローでありたいと願いながら仲間の一人も救えなかった不甲斐なさ。しかもそれが彼女だと思うと悔しくて鼻がつんとした。
あー、そんな声を出して十代は上を向く。自分はきっと誰よりも彼女を守りたかった。今更そんな事に気づいて無性に泣きたくなったのだ。
だけどヒーローは泣かない。涙を飲んで明日香と真正面から向き合う。それから指を形の良い唇へ這わせ、ふにふにと遊び出す。困惑顔で固まる明日香に抵抗しないんだなと内心嬉しく思いながら、そして。
「……消毒」
初めてしたそれは鉄と塩水の味だなんて最悪だ。自分で勝手にしたくせに、理不尽にそう考えて十代は自身に苦笑するしかなかった。
これでもう彼女をただの仲間とは呼べなくなるとは、進歩したのか後退したと言えばいいのか。難しいところだ。それでもこれだけは言える。
(オレは、後悔はしてない)