memoより移行
ヨハンの唇は吸い込まれるように彼女のそれへと触れた。たった一秒にも満たない短い口づけだというのに、熱だけはいつまでも冷めない。暫しの間お互い固まっていたが頬を点す赤が二人をなんとか取り戻した。
どうしよう、頭がこんがらがってる。そしてヨハンは自分のした事が信じられず左手で頭を抱えた。
そもそも、明日香と出会ったのは偶然であってこういうのを狙っていたわけじゃない。教室に向かう途中の廊下で遭遇して、それから自然と隣を歩いてただけだ。彼女に向ける好きという感情も仲間に向けるそれと変わりないわけで決して恋愛絡みなわけじゃなく。だからこそヨハンも激しく混乱しているのだ。
「あ、明日香…」
「……っあ…」
違うんだと何が違うのか上手く説明もできない状態でもとにかく何か言わなければ。そう思って一歩動いただけなのに明日香は怯えたように同じく一歩後ろへ動いた。そこには普段の気丈な彼女は居らず、弱々しくて守ってやりたくなるような女が居た。
(…あれ、)
何故この状況においてもまた彼女に触れたいと想うのか。手を伸ばせばその肩はびくっと大袈裟にも感じるぐらい大きく揺れる。罪悪感が湧く傍らで愛らしいと思うこの気持ちは、一体。
ぞくりと背筋を駆け抜ける衝動のままにヨハンは明日香を引き寄せその薄く開かれた唇にキスをした。は、と空気を吐くのを見計らって今度は舌まで侵入させてゆく。驚きで見開かれる目をまじまじと、初めてこんなに彼女の瞳を覗いてみたがとても美しくうっとりとヨハンを心地好い気分にさせた。その後綴じらてしまった瞼を名残惜しく思いながら逃げる舌を追いかけ絡める。時折洩れる甘い声に腰の辺りが擽ったくなるのを愉しみに何度も吸い上げた。
だがそれもガリッと思い切り舌が噛まれる迄の事。まだ物足りなさを感じつつも口内に広がる鉄の味に眉を寄せる。
「…ってぇ」
指先で嘴に着いた血を拭き取り明日香を見てみれば、泣きそうな顔をしてるかと思いきや怒りに染まった表情を晒していた。じわり、じわり。予想を反するその態度はヨハンをより興奮させる。彼女を虐めるのが愉快で堪らない。初めて知った己の性癖は戸惑う事なくすとんと、ヨハンの心に住み着いたのだ。
「貴方が仲間じゃなかったら絶対に許さなかった」
そう言い去る明日香の目尻には滴が溜まって見えなくもなかった。
去り際のあの言葉。つまりあれか、ずっと信じていた仲間に裏切られたに等しいあんな事をされても彼女は許してしまうのか。例えそれがヨハン以外であっても。
「面白くないなぁ…」
行儀悪くも親指の爪を噛んで一人ごこちに呟く。自分以外の人間に靡くのはどうしてか快く思えなかった。
次に会ったらもっと酷くしてやろう。逆にとるのだ、自分だけを許せないようにすれば彼女は意識を常に此方に向けてくる。新しい玩具を発見した子供のようにくすくす無邪気に嗤うヨハンを不思議そうに見上げてくるルビーを肩に乗せ、教室ではなく自室へ足を進めた。