勘弁してくださいの続きで万丈目と吸血鬼明日香





 吸血鬼が我が家にやって来て早一週間。人間の慣れというものは恐ろしく、家に帰ってきたら奴が居るのが当然のように受け止めていた。その吸血鬼の名は天上院明日香。どうやらあちらの世界でも日本人のような名前は居るらしいが、幼い頃より植え付けられている万丈目のごく浅い知識からは外国人男性のイメージが強い。聞いた話によればそんなもの云百年も前の古い情報だそうだ。
 そんな話はさておき。天上院明日香と名乗った吸血鬼は一週間前に万丈目をそれはもうストーカーのように追い掛け、捕まえては血を吸い、挙げ句の果てに自分専用の餌にするとなんとも勝手な奴だった。そんな化け物とどうして一緒に住む事になったのか自分自身よく分かってないが、もしかして吸血鬼のフェロモンというやつにやられたのだろうか。それにもし彼女が吸血鬼ではなく人間だったとしたら、その美貌や見事な立ち振る舞いに惚れていたかもしれない。そういう感じで自分はいつの間にか自然と受け入れ難い現実を送っている。
「しかしなぁ…」
 おもむろに呟いて万丈目は己の首筋に貼ってあるガーゼに触れた。吸血鬼と一緒に住むという事は血を提供しなければならないという事。なにやら与えてばかりで理不尽な気もするが、彼らの種族は一度ターゲットを決めてしまえばひょいひょい他に乗り換えるなんてのはできないらしい。だからと言って別段吸血鬼にされるわけでも痛みも感じるわけではないので既に万丈目の中ではまあいいかに分類されてはいた。この順応性の高さは高校時代の同級生によって鍛えられたものであって、もはや普通でないことは哀しくも充分自覚している。互いの呼び方も周りから怪しまれないよう今では天上院君、万丈目君へと変わった。初めは準君と呼ばれていたが吸血鬼とはいえ仮にも女性。そんな風に呼ばれるのは恥ずかしいだろう。

 何気なくふと時計を見やれば時刻は既に正午過ぎ。それでも彼女が起きて来る気配がないのは朝から昼までは苦手というそれらしい理由からだ。だが今日は何が何でも起きて貰わなければこちらが困る。彼女の部屋は元々は物置き部屋だったのだがさすがに共同の部屋は色んな意味で危険だったのでわざわざ片付けて使っているのだ。
「天上院君、失礼するよ」
 寝ているとは分かりつつも呼びかけ、軽くノックしてから扉を開ける。いつ見ても思うのだが、棺桶ではなく普通にベッドで眠る吸血鬼というのもイメージからかけ離れているような。それも今更のような気がするのでベッドにまで近寄り、カーテンの木漏れ日から身を守るように頭まですっぽりと被された布団の塊を優しく揺する 。
「もう昼だ。君が出掛けたいとオレに言ったんじゃないか」
 そう、何故起きて貰わなければ困ると言ったのか。それは大変珍しくも明日香の方から出掛けの誘いを入れられたからだった。仕事でまさかまたこんな近日に休みを与えられるなんて思いもしなかったがここぞとばかりに明日香は予定を要求してきた。驚き半分で受けたが本人がこれでは話にならない。んー、と小さく唸ったと思えば茶色の瞳を細めながら布団から顔を出し、此方に向けてきた。
「……眩しいからドアを閉めてちょうだい」
 返って来たのはかなり不満げな第一声。起こしたらすぐに出て行くつもりで開けっ放しにしていたがそれを聞いた万丈目はすぐに閉めに行きぱたりと音を発てた。これで昼間だというのに暗闇ができた部屋で明日香はやっと身を起こし、人間が目覚めた時となんら変わりのない動作で腕を天に伸ばし背筋を張る。たまに本当は彼女はただの怠惰を貪る人間で吸血鬼だと名乗っているのは妄想癖があるからなのではと思うのだが、欠伸をしてる時にちらりと見えた鋭い牙は紛れもなく本物なのは身を持って知っているので密かに苦笑した。
「気分はどうだ?」
「最悪よ。あの忌々しい太陽が活動してるんだもの」
 それに、と付け加え明日香はじとりと万丈目を睨む。
「昨日早く帰ってきたと思ったら貴方、早々と寝ちゃうし。そのせいで私は一日中血が吸えてないのよ? 胃が空っぽでムカムカするわ」
 言いながらお腹を摩るところを見て万丈目は視線をずらす事しかできなかった。毎日忙しさに追われ自分で思ってた以上に身体が疲れていたのか、昨夜は返って来て即と言っていいほどベッドに転がりこんでしまった記憶がある。多分それを常日頃から見兼ねていた事務所側がなんとか調整してオフを与えてきたのだろうだろう。それについては感謝の他ない。

 しかし彼女には酷なことをしたと思う。空腹は三代欲求の一つであり、吸血鬼もそのサイクルは人間と変わりないようで、飯にあり付けなかった辛さは重々承知している。仕方なしに万丈目は拗ねでつんとしている彼女のベッドに腰を落ち着かせ、ガーゼをゆっくりと剥がした。自力で見る事は叶わないがそこには吸血鬼の歯型があるはずだ。瞬時、明日香の表情は喜びに染まり色気を醸し出す。そしてちゅっと音と共に二人の距離はなくなった。触れるだけのキスはターゲットを逃がさない為の契約の意味があるそうなのだがどうしても今だ慣れない。この首筋に舌が這う感覚も、吸いやすい場所を探しては何度か皮膚に食い込もうとして寸でで止める牙の感覚も、だ。
「…おい、手加減しろよ」
「分かってるわよ。太陽が昇ってる間の私はそこらの人間と同じところまで力が落ちてしまうから、こんな真昼間から貴方に外で倒れられたら困るわ」
 そうか、とは返事しつつも本当に分かっているのか空腹の吸血鬼ほど信憑性が薄い。そんなことを本人に言ってしまえばまた拗ねだすので口に出しはしないが。
 そして脱力した途端異物が体内に入るという異質な体感に一瞬息を呑む。どれだけ体験してもこの瞬間だけは相入れないものだ。温かいものが筋となって傷口から垂れていくのは感じられるのだが痛みがないのでかなり変な気分だ。その血を勿体無いと犬のように舐める舌は万丈目を擽り口許を緩めさせた。擽ったさに耐える途中、万丈目は明日香の着ていた寝巻きがはだけている事に気づいてしまう。体制が体制なので前は見えずとも綺麗にカーブを描いたくびれやハーフパンツからごく僅かに覗く下着など若い男を刺激するには十二分である。顔に集中して集まる熱はどうこうできるものではなく、とにかく下半身が反応しない事だけを祈った。そんな時。
「…っう…!?」
 突如として吸われてる箇所からぴりっと軽い電撃のようなものが走った。今までならこんな事はなかったのにと戸惑いながら自分の息が荒くなっていくのを信じられないと驚愕する。それには貪るのに夢中だった明日香も万丈目の急な変化に気づいたようで、一旦食事を止めて離れていった。その時彼女から伝って垂れた唾液にごくりと喉を鳴らすのが精一杯で、万丈目はシーツをぐしゃりと無意識のうちに握りしめる。
「万丈目君…?」
 明日香に名前を呼ばれ漸く我を取り戻すもそれが駄目だった。寝苦しかったからなのか第二ボタンまで外されたシャツから見えてしまう胸の谷間に濡れた唇が万丈目の理性を壊していく。
「えっ、ちょっと…!?」
 前はどうにもならなかった力の差も確かに太陽の昇る現在では人間の女性と変わりのない強さで簡単に押し倒せてしまった。状況の理解できない明日香は目の前の人間が本当にあの万丈目準なのか分からなくなり必死に腕を押すがまるで壁みたいに動かない。形成逆転したのをいいように取り万丈目は明日香の両手首を片手で頭上に纏め、先程まで己がされてたように彼女の首筋へ顔を埋める。女性から自分と同じシャンプーの匂いが漂うというのも意外にクるもので、朦朧とする中、強く吸い付いた。離れて確認すると白い肌にそこだけが真っ赤な痕が残っていて純粋に綺麗だと感じる。困惑からか大人しくなっている明日香の唇に口付けるとびくりと身体が震えた。そういえば、契約以外でのこの行為は初めてだったかもしれない。どこかでそう考えながら驚きで開いていた隙間からするりと舌を侵入させ、逃げ惑う彼女のそれと絡める。その間にも万丈目のもう片方の手はシャツの裾から身体を這い、陶器のように滑らかな肌を満喫していた。
「ひ、ゃ…んぁあ…っ!」
 柔らかく大きな胸を自由に揉みしだくごとにキスをしているだけでは出ない甘い声は興奮をより煽り動きを激しくさせる。とある一点を指が掠めた時はより甲高い声が響き、万丈目は吸血鬼も人間と感じるところは変わらないのだと頭の片隅に入れた。
「あ…あんっ、もう…! いや!!」
「ぐぁっ…」
 油断していたうちに順調にズボンの中で大きさを増していた大事なものを蹴られ必死に悶える万丈目からなんとかすり抜けた明日香は枕を思い切り万丈目の顔面へ向けて投げつけた。ばさりと落ちたそれを呆然と見下ろし、万丈目は整理のつかない脳を回転させる。
 待て待て待て待て。一体自分は何をしたというのだ。血を吸われてから釈然としない意識のまま彼女の普段見られない部分を目撃し、本能に逆らえないまま不埒な行為に及ぼうとでもしていたのか。にわかに信じ難い話だが、ならばこれはどう説明する。触れた感触も絡まった舌の熱もすべてがリアリティを含んでいて、己がやったとしか考えられない状況だ。適度には抜いていたし自分で感じるほど欲求不満なわけではなかった。でも、じゃあ、だけど。だんだんと理解してきたからか、かああああっと一気に顔中が熱を帯びる。
「す、すまない!」
 急いで部屋を飛び出した万丈目はトイレに着くまでに躓いたりテーブルに足の小指をぶつけたりなど見事な動揺っぷりを見せた。当然出かける予定は潰れたに決まってる。今日は散々な休日だった。今夜からどんな顔をして会えばいいのか、便器に座りながら万丈目は悶々頭を抱えたのである。



「万丈目君のばかっ」
 その頃取り残された明日香はベッドに身を沈め、ばたばたと足を上下させていた。人間にあんな事をされたのは初めてで始めこそ動けなかったが己の中の危険信号を読み取った時、咄嗟に股間を蹴っていたのだ。恥ずかしさで死にそうなのはこっちの方だというのに先に逃げるのはずるい。けれど嫌ではなかった。もしかしたらあのまま続けても良かった気もするし、お互いを分かり合えてたのかもしれない。
「…好き」
 あの日から、ずっと。押し込んでた気持ちを吐き出してみたがこんなに乙女なのはらしくないとぶんぶん髪を振り乱す。吸血鬼が人間に恋などとんだ笑い話だ。
 交わした唇にそっと触れながら外を眺めれば相変わらず天敵の太陽は蘭々と自己主張している。いつもなら大嫌いなこの時間も今なら少し好きになれた気がする。今日という日はなんて幸せなのだろうか。緩む頬を抑えきれず幸福に満たされたまま明日香は部屋を出て万丈目の元へ向かった。





-----
題:夜途


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -