少し前までの龍亞はおっちょこちょいで早とちりで自分勝手なところが多かった。なのに最近では兄らしく振るまおうと頑張って、龍可のヒーローになると意気込んでいる。それは大いに結構なのだが、そう変えたのが龍可自身ではなく、遊星だという事がちょっとだけ悔しかった。勿論、感謝の気持ちの方が大きいがそれでも。
「私だけの龍亞だったのに…」
 ふよふよと傍に浮かんでいたクリボンを形だけで抱きかかえると不思議と温かいような気がした。
「ねぇクリボン? 私っていけない子?」
 龍亞が世間を知っていくのが嫌。自分からいつか離れて行ってしまうのも嫌。龍可だけの龍亞で居て欲しい。浅はかな願いだと分かりつつも、これが本心。
 そんな龍可に違うと言いたいのか、クリボンは体全体を使ってふるふると震える。にっこりと笑ってまた宙へ浮かぶ彼女を龍可はそっと撫でた。
「ありがとう」
 今とても、あの陽だまりのような笑顔が見たい。



「ただいまー!」
「おかえりなさい」
 すっかり日が暮れた頃、天兵と遊びに行っていた龍亞がご機嫌で帰ってきた。龍可はエプロンを着けて夕飯を作っていたのでちらっと振り向くだけの挨拶だったが、一瞬でも見えた龍亞の様子が気に掛かる。
「そんなにやにやして、どうしたの?」
 何かを企んでいるようなそんな笑い方。ハンバーグを裏返しながら聞けば、ソファーに座る音を発てながらくくくと空気を震わせるように喉を鳴らす龍亞が怪しくて仕方がない。
「だからどうしたのよ」
「へへ、今はまだ秘密! ご飯の時に話すよ!」
「あっそ」
 本当は気になるのに素っ気なく返してしまうのは昔から変わらなかった。なるべく早く作り終えてしまおうと、少し焦げ目がついたハンバーグを皿に移しながら温野菜作りに取りかかる。

 そうして出来たご飯を食卓に並べていると匂いに誘われてきたのか、デッキを弄っていた龍亞がのそりとやって来て表情を輝かせた。
「ハンバーグ!」
 好物を目の前にしてつまみ食おうと伸ばしかけた手をすかさず払いのけ、龍可は軽く睨む。ちぇ、と舌を出しながら席についた龍亞に引き続いて龍可も席に座れば二人で両手を合わせた。
「いただきまーす!」
「いただきます」
 箸で数個に切り分けたハンバーグの一欠片をぺろり、口に入れるとまあ合格点だろう。龍亞も美味しそうに食べているので安心して他のものにも手をつける。
「そういえば教えてよ、さっきの秘密ってやつ」
 ご飯になったんだから、と急かしてみればまたあのやらしい笑みで龍可を見つめてきた。それがなんだか居心地の悪さを覚えさせ妙にそわそわとさせる。龍亞はそれを分かっててか、もったいつけるようにゆったりとした動作でご飯を食べ進めるので意地悪とくぐもった声で呟いた。
「早く言わないと食べ終わっちゃうわよ」
「ああごめんって! ちゃんと言うからそう怒んないでよ」
「別に私は怒ってません!」
 ちょっときつめの口調になってしまったけども龍亞に言った通り怒ってるわけでなく、ただ淋しかったと言えばいいのだろうか。だって、あんなに分かり合えていた筈の彼がこんなにも分からない。DAに通ってから友達も天兵以外に沢山できて、龍亞はああいう性格だからきっと龍可の知らない所で一人、また一人と次々に作ってる筈だ。一番近かった存在が今は一番遠い存在のように思えて、このテーブルの距離さえ憎かった。
 これ以上、私の龍亞を奪わないで。
 そう皆に言ってしまえたらどんなに楽か。だけど龍可は知っている。皆が優しくて温かい事を、よく。だから言えるわけがない。この想いは龍可の中で積み重なり、消える事なく黒い靄となってこびり付いた。

「龍可」
 先ほど迄とは違った柔らかい口調に自然と俯いていた顔を上げた。どこか誇らしげな男の人の表情。ああ、彼はまた大人になってしまったらしい。返事はしたくなくて黙っていると龍亞の方から龍可の隣の椅子へ座り込み、手に持った小さな袋を差し出した。
「これ…」
 最近新しく開いた女性向けの店のロゴが入ったそれを急いで受け取って開封し、手のひらに中身を出してみる。地味ではあるが可愛らしいマリンブルーの髪ゴムが龍可の目を奪った。
「この前切れそうだって言ってただろ? でもオレそういうセンスとかからっきしだし、天兵に着いてきて貰って買ったんだ」
「覚えててくれたの…?」
「龍可の事ならなんだって」
「龍亞…っ!」
 はにかんでそう答える龍亞に耐えきれず龍可は抱きついた。後ろに倒れそうになってもなんとか堪えたみたいだがそんなのは気にせず力いっぱい背中に腕を回す。
「…気に入ってくれた?」
「もちろん! 大切にするわ!」
 恐々と尋ねてきたのですかさず微笑めば照れくさそうに頬を染める龍亞を見て、龍可の心は心臓をきゅうっと丸ごと掴まれたような苦しさを持った。

 二人で改めて向かい合い髪を降ろすと渡されたばかりの髪ゴムを龍亞の手に握らせ目蓋を降ろした。意図をすぐに理解した龍亞は龍可の髪を半分だけ纏め、上部に寄せ集める。龍可が痛がらないように優しい手つきでぐっぐっと結い上げる姿は兄と妹そのもの。
「できた!」
 歓声を上げて手鏡を掲げるはりきりっぷりはまるで犬が尻尾を大きく振り回し褒めて褒めてと擦り寄ってくる様子に似ていた。
 鏡を覗き込めば数々の闘いで汚れてしまった前の物とは違う綺麗な青がある。結い跡は少々下手ではあったが龍亞の頑張りが見て取れた。嬉しくなってもう一度抱き着くと今度はちゃんと返ってきた温もりに縋り付く。
「ありがとう、龍亞」
 私と生まれてきたのが龍亞で良かった。そんな気持ちを込めて礼を告げると龍亞は鼻の下を指で擦りながらどういたしまして、と声を弾ませた。



 例えいつか龍可の元から離れてしまう時が来ても、帰る場所は龍可の居る所でありますようにと。そう願って目を綴じる。
(龍亞、龍亞、愛してる)
 想いを乗せ世界で一番愛おしい彼の肩口へ、密かに一筋の涙を流した。


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