シュークリームの上に聳え立つ蝋燭は一本。それが乗っているテーブルの前に鎮座している。これが獏良の本日初めての記憶であった。



 外は茜色に染まっていた。つまり、夕方。朝に何をしていたかなんて覚えていない。昼も同様だ。
(どういうこと?)
目前のシュークリームを頬張るとひんやりと冷たい。これは買ってきたばかりということを示していた。だが獏良本人にはその記憶はなく謎が深まるばかりであるが為に首を傾けた。心霊現象だと云うのなら内心浮き浮きだが、財布の中身を確認してみる限りちゃんと小銭も減っていたしレシートもしっかり今日の日付で有る。夢遊病の可能性はゼロと言い難いがその線は薄い。
(…ま、いっか)
持ち前の能天気さで事を片付けると獏良は残りの食べかけも一気に口に入れゆっくりと味わった。濃厚なクリームとカスタードは舌を楽しませてくれる。蝋燭は自然とゴミ箱に放り込まれた。



 風呂の時刻。鏡の前で目を見開くはめになる。
「どうして!」
独り言にしては大きすぎる声で叫ぶ。首から胸下に下がる不気味な父からのプレゼント。可笑しい、だって、
「これは鞄に入れておいたはずで、絶対に首に掛けてなんかいなかった!」
それなら何故ここに在るのだ。
顔面蒼白になりながら先程胃の中に入れられた物について思い出す。あれはまさか、…嘘だ。けれども他に犯人なんて思い付かないから確定しても間違いではない。
「ゆ、ぎ…。遊戯君に、違う、本田君?…違う違う!!」
いつも他人に頼ってばかりで迷惑をかけてる。もう人を困らせるのは嫌だ。頭をかきむしって思考を巡らせる。一人じゃ何も出来ないなんて、自分に苛つきが止まらない。これじゃあ暢気に風呂なんて気分じゃなくなってしまった。
 服を着直してリビングへ戻るとゴミ箱へ目が行く。一番上に蝋燭が寂しく棄てられていてどうしてなのか心がざわついた。汚いとは判っている。あいつに関わった物はろくでもないことも、判ってる。拾い上げるとそれは何の変哲もないただの蝋燭。くるくる回して警戒していると汚く震えた文字が書かれていた。
(器用なことしてるなあ…)
つい変なところで感心してしまう。だけどいくら見直しても獏良にその字は解読不可能だった。日本語ではなかったからだ。調べても英語でもイタリア語でもアラビア語でも何でもない。どこにもこの意味不明な文字のことについては触れていなかった。この時代にはもう存在しないということだろう。虫眼鏡でよくよく観察してみればまるでピラミッドなどでよく見かける古代文字のようで、少しだけ違う形をしていた。これには気味悪く感じまた棄てようと考えた。
ゴミ箱の一歩手前まで来て最後にもう一回だけ見てみる。青と白の縞模様はお気に入りの服と同じ。そんな風に思ってしまっただけで棄てることに対しての多少の戸惑いを感じてしまう。考え直せば、これを考古学者である父に見せれば喜ぶのではないか。一人納得気に頷きUターンをしてショーケースに向かい立つ。これ迄にしてきた沢山のゲームが陳列して出来た僅かな隙間に蝋燭を入れた。
「父さんに渡すまでの間だけ、だから」
自分に言い聞かせるように呟いて閉じる。多分きっと、この先も文字の意味を知ることはないと心のどこかで予感していた。





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2012.9/2に書いたものでした。


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