!学パロ
!人×モンスター
生徒会長W(トーマス)、一般生徒ネクド



 一年生の冬。廊下に散らばった筆記用具を拾って貰えた。それは些細な切っ掛けで、他から見たら何のへんてつもない事なのかもしれない。だけど昔から人見知りが激しく更には右目の包帯のせいで誰もが恐がり、自分と接することを極力避けられるのが当然の日々を送っていた中で起きた出来事はこの学園生活で初めて彩りが芽生えたものだった。

 二年生の春。進級祝いの答辞を読み上げる為に首席として生徒代表で段に登っていたのは彼だった。頬が熱くなるのを感じて首を何度か横に振るけれど、見つめる度その熱は増していき恥ずかしさをもたらす。そういえば去年の今頃もこうやって前で話していたような。あの時は俯いて過ごすのが当たり前だったからあまり前を向くなんてことはしなくて、なんて勿体ないことをと嘆きため息を吐く。
「――生徒代表、トーマス・アークライト」
どうやら過去を振り返っているうちに読み上げ終えたらしく、くぐもった声で小さくあっ、と呟いて落胆した。もっといっぱい声を聞いていたかったのに失敗だ。最後に聞いた名前は何回も耳に入れたことがある学園では有名な名前で、でもあの人なんだと思えばすんなりと受け入れられた。
 彼がステージから降りると突然周りの人達から黄色い声が沸き上がる。急だったからビクッと揺れた肩が隣の人に触れてしまいどうしようと一時焦ったのだが、その人もまた彼のファンの一貫らしく此方には目もくれずに日本語とは思えない意味不明な言葉をひたすらに発していた。あまりの人気ぶりに呆気に取られていたと同時に自分とはほど遠い人物なんだと判ってしまい拳を握り締める。あんな前にあった事を相手は覚えている筈もないし、気紛れだったろうから結局は一方通行な片想い。体育館の真ん中を堂々と歩く彼と、端に並んで見送るだけの自分との距離がとても悔しかった。

 季節は変わって、夏。生徒会入れ替わりの時期だ。暑い館内で汗を滲ませながら生徒会長に立候補する姿が眩しくてくらりとよろけそうになる。
「どうか僕に清き一票を!」
 選挙ではお決まりの台詞で最後を締め、爽やかに笑顔を送る彼に送られる声援。なんだかデシャヴが生じている気がするけど彼が公の場に出るといつだってこうなるらしい。この間も廊下で自称ファンクラブの女子達が一喜一憂に一々馬鹿みたいに反応して奇声を出していたのだから。常に監視されているようなもので大変そうなのに凄いなと手を振り歩くところを眺めていると、ぱちり。どうやら目があってしまったようだ。
(えっ…?え…!!)
 急すぎてどうすれば良いのか分からずにわたわたと慌ててしまう。にこりと微笑まれたのはまたあの気紛れなのか。しかし周りでもこっちを見たとか目が合ったとか同じ様な事を思っていた人も多く、気にしすぎが原因の只の自意識過剰という結果で締め括らせてしまった。もしそうであったとしても今あった事は絶対に私は忘れない。きっともう二度とない思い出になるんだ。

 そう、思っていた時がありました。

「貴女がネクロ・ドールさん?」
「W様が言っていたお方?」
 いつものように教室の机に一人でお弁当を食べていた私に話し掛けてきたのは双子らしき人達。
「え…と……そう、です、け…ど………」
 赤と青の組み合わせはよく目立ち、注目を浴びることとなって声は次第に消えていった。彼女が言ったW様とは現生徒会長、トーマス・アークライトのことを指し、彼は学園だけではなく世界でも有名らしくWというハンドルネームを使っているから皆そう呼んでいるそうだ。だが彼が私について言っていたとはどういう意味なのか。聞きたいことが沢山有るのに中々言い出せずにいる私の腕を掴んで謎の彼女達がぐいぐい引っ張り出してくる。
(目立つ!やばいぐらい目立ってるよ…!)
 痛い程浴びせられる大勢の視線を身に受けながら回避不可能そうなこの現状に目を回し、前を優雅に進む二人にひたすら着いていくのに必死になっていた。

 そして連れてこられたのが生徒会室が斜めにある階段。此処等は人気がなくひと安心はつくものの、戻ったらまた浴びることになるであろう人々の目線に胃痛がしてくる。なんの恨みがあってこんなことをされねばいけないのか理解が出来ない。
「そうそう申し遅れてた。私達は通称ベビーフェイスと呼ばれているの。生徒会長、W様のお世話役でーす」
「ベビーフェイスだけだとごっちゃになるだろうし、赤い方の私をフェーちゃん、青い方の妹をチェアちゃんと呼んでくれたら嬉しいなー。あ、チェアちゃんっていうのはイスちゃんだとしっくりこないからでー、本名は内緒!」
 そういうわけで宜しくと二人揃ってアシンメトリーにウィンクしながら告げられたのだがイマイチ。お世話役というのならこの二人は生徒会役員なわけだから、何故こんな自分と関わりを持とうとしたのか益々わからなくて混乱してしまう。
「その、な、なんで、…えっと」
「W様が貴女と話したいと言っていたから」
「だから連れてきちゃった」
 此方が言い終える前に言われる事を見兼ねた二人の言葉に一瞬だけきょとんとした。
「か、会長が…?どうして…?」
 彼女達が疑問を持つ私の方が可笑しいというように目を丸々と見開いて見つめ合ったかと思えば、クスクス笑われ困惑だけが広まる。だって、と口が開かれそうになった時、生徒会室の扉が突如開いた。
「お前ら、廊下で何だべってやがんだ…。それよりも仕事しろ、俺にばかり押し付けるんじゃねえ!何だよあの数!一人じゃ無理だってことぐらい一目で判るだろうがよぉ!?」
「あ……かい、ちょ…?」
 中から出てきたのは噂をしていた彼で、いつもとは纏う雰囲気が全く違うことに戸惑いながらも無意識に声を出していた。それに気付いた彼は私を見てあんぐりと大口を開けてベビーフェイスと見比べながら指を指してくる。
「は…………あぁああ!??」
「わぁっ!?」
 此処に生徒会以外の人間が居たことに動揺を隠せなかったのか廊下に響くぐらい大きく叫んだ。驚きで全身が跳び跳ね、一緒になってこっちまで叫んでしまったがそんなに驚くほどの事だったのだろうか。何故だかベビーフェイスは彼に良かったですねとニヤニヤしていた。
「な、なな、……おおおお前らちょっと後で説明しろよ!いいな!?今は中に入ってろ!」
「はーい」
「W様頑張ってー」
 しっしっと虫を邪険にするように両手を振られ反抗することもなく生徒会室へ入っていく二人が居なくなった階段はしんと静まり返る。気まずいのが嫌で早く何処かに行きたいと悶々していると扉と向き合っていた会長がくるりと振り返り、私を観察するようにじろじろと眺めてきた。蛇に睨まれた蛙のように動けずに固まっていると、肩を落としいつもの柔らかい雰囲気へ変貌する。
「すみませんねぇ、彼女達に振り回されて大変だったでしょう?」
「へ、き……です」
「そうですか? …それよりも何か余計なこととか吹き込まれませんでした?」
「余計な…?」
「ほら…悪い噂、とかね」
「い、いえ…!それは聞いてないですが、ただ…」
「ただ?」
 言葉を濁す私を覗き込むようにする様子はどこか気迫めいてるような気がして続けていいのか躊躇ってしまう。だが彼は続きを待っているのだから早く言わなければいけない。あんなに遠かった人がすぐ目の前で二人きりで話してくれてることに緊張して唇が震えるのを止められず、いつも以上に頼りのない声で喋りだす。
「会長が…私と話したかったっていうのは聞き、ました…」
 自分で言うのが恥ずかしく顔全体がかああと紅潮した。誤魔化しにもじもじ指を捏ねながら反応を待っていたのだが、つーともかーとも言わない彼に視線を配ると口を開けたままポカンとしていた。ベビーフェイスが言っていたこと、あれは嘘だったのかと不安になっているとぼんっと煙を焚きながら一気に赤くなった彼が隠しもせずに舌打ちを打つ。あいつら…、と低く渦巻いた声音で呟いている姿が恐いというよりも、可愛いと感じてしまってくすりと笑いが洩れた。拗ねた表情で照れているところがまた可愛らしく普段とのギャップに好印象が持てた。隠された意外な一面は大人びたものではなく、年相応の男の子みたいで私はどちらかと云えば案外こちらの方が好きなのかもしれない。
「…やっと………か」
 え、と顔を上げればなんでもないと返され首を傾げる。こんなに近くにいても聞こえなかった台詞が気になりはするけれど、仲も良くない、相手からすれば初対面な人物にあまりしつこくはして欲しくないだろう。ここは大人しく引き下がっておいた。
「とにかく。あの二人には厳しく言いつけておきますから、貴女はもう教室に帰った方が良いと思いますよ。もうすぐ予鈴が鳴ってしまう」
 そう言って見せつけられた腕時計の針はチャイムの三分前を指していてうげっと肩が上がる。この場所から教室は大分離れていて走って間に合うかどうかだ。ああ、でもこんなチャンスは今後訪れそうにもないし、もっと話していたい。そんな矛盾が駆け巡りおろおろしていると彼は既にドアノブに手をかけていて胸がきゅっとした。
「あ、あのっ!」
 中に入ろうとした後ろ姿に声をかける。彼方だって忙しいし授業まで間もないのは知っていても勇気を絞り出さずにはいられなかった。
「…はい?」
「わっ…私、ネクロ・ドールです!それでそれでっ、か、会長さえよければ…たまにでいいので!お話とかししし、…しまっ、しませんか!?」
 言い終わる頃にはたったこれだけのことに息が上がってしまっていて手汗もじんわり滲んでいた。絶対変な子に思われてる。それでも後悔してはいない。こうやって相手の目を見て話したのは久方ぶりで寧ろ清々しかった。返事を待つ間にも鼓動は急速に早まって今にも爆発しそうだ。
「……俺なんかとでいいのかよ」
「会長はなんかじゃありません…!い、今みたいな皆の前とでは違う一面だって!…全部が私の憧れで」
「わかった」
「へ…」
「明日から昼休みになったら生徒会室へ来ればいい。出入りしているところを他人に知られたら今日の騒ぎでベビーフェイスと仲良くなったとでも言えば解決するだろ」
 口早にそう説明されたが上手く処理できずに頭が回ったけれども、許可を取れたことだけははっきりと分かって笑顔が溢れてくる。描いていた夢が現実に変わっていくのを歓喜を表さずにはいられない。
「あっありがとうございます!」
 頭を下げ、にやけているのを悟られないよう数秒間その体勢で我慢しても体がぷるぷるしだして隠しきれなかった。感情が昂って涙さえ込み上げてきて鼻をぐずる。これから鳴ってしまうチャイムをどうにかして引き延ばせないかな、と無謀な考えをしてみたり。この時間を噛み締めるには数十秒なんて、あっという間すぎるのです



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可愛すぎるこの設定は「ほっとくりーむ」の海人草さんより拝借致しました!


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