!万明日なのに万丈目は出てきません。代わりの被害者=十代



 十代は落ち着かずそわそわと忙しなく体を動かした。昨夜、明日香からの一通のメールによるせいだ。『相談事があるから放課後レッド寮の貴方の部屋で待ってて』という簡素な中身だったが如何せん何故自分なのかという疑問が頭から抜けない。兄の吹雪や翔といった人物達の方が力になるのに敢えて十代を選んだ理由。それが気になって低く唸っていた。

 みしみしとしなる廊下の音に十代はぱっと顔を上げる。この物静かな足音は翔でもなければ万丈目でもない。つまり、明日香が来た。
「十代、いるかしら?」
「ああ。入れよ」
 遠慮してるのか合図をしても中々入ってこない彼女が不思議になり十代は自ら重たい腰を持ち上げて扉を開けた。すると若干赤くなってるような恥じらいのある表情で右往左往を確認していた。彼女にしては挙動不審すぎる行動に動揺しながらも中へ導かせると沈黙が訪れる。何故か両方とも正座というオプション付きだ。
「あ…あのね、十代」
 先に破ったのは明日香。明日香は緊張を隠しきれない様子で少し身を乗り出しながら胸の前に手を持ってきていた。その迫真の雰囲気に逆に十代は身体を後ろに引かせ、両手を床に着く。
「相談っていうのはその…恋愛についてなの」
「れ、れんあいぃ?」
 まさかの事に丸々と目を見開くが明日香はそんな十代の前で合掌し、お願い! といつになく真剣に頼んでくる。彼女には普段から世話になりっ放しなので力になりたいのは山々なのだが、何せ十代にはその恋愛という経験はない。青春は全てカードに注ぎ込む覚悟でいたので今もそしてこれからも力になれる気がしなかった。さすがにこれには渋る。
「そういう事なら吹雪さんが専門だろ?」
「兄さんは駄目よ。絶対に駄目」
「明日香お前…」
 真顔で答えられれば苦笑するしかない。しかしあの自称恋の魔術師である兄は駄目で恋愛経験からっきしの十代は良いとはどういうことなのか。彼女の思考が今回ばかりは一つも分からなかった。しかしこんな自分でも少しでも力になれるのなら、と思い十代は縦に頷く。たちまち輝く明日香の笑顔にひと安心して肩の力を抜いた。

「でさ、明日香の好きな人って?」
「…わかっていたけれど貴方ってストレートすぎるわよ」
「しょうがねーじゃん。教えられなきゃこっちだってアドバイスできないし」
 突飛すぎる十代の言葉に頭を押さえていた明日香だがそれもそうね、と諦めたように呟いた。どうせ言わなければならなかった道。それが速まっただけだと自分に言い聞かせ真っ直ぐに十代を見やる。十代はまた真剣みの増した明日香にどきりとしながら崩れた体勢を持ち直し、汗をうっすらと滲ませながら向き合った。
「私の好きな人は…」
「うん」
「好きな人、は……好きな…ひ…と、」
 何度も同じフレーズを繰り返す度に濃く染まっていく頬に少々呆れつつ忠実にじっと待つ十代の足はそろそろ痺れてくる頃だった。未だ躊躇っている明日香による相乗効果もあってか苛々は限界寸前だ。よって我慢ならなくなった十代は明日香の肩を掴み怒鳴り散らかす。
「なんだよお前! 言うなら言うでハッキリしろよな!? こっちは焦れったい思いしてるんだからさぁ!」
「し、仕方ないじゃない! 私だって恥ずかしいんだから!」
 ぎゃあぎゃあわーわーとおんぼろのレッド寮には二人の騒ぎ声はよく響き渡り、近くの部屋の住人から五月蝿いぞ! と怒られなければずっと攻防していただろう。口を詰むんだら詰むんだで気まずくなり、二人の間に微妙な空気が流れ出る。それもまた耐えられなかったのだろう明日香は重々しくも話しだした。
「…万丈目君なのよ。私の好きな人というのは」
 十代は急に彼女から語られた人物に唖然と口を閉じることができない。そんなだってまさか、と信じられない気持ちで居るとそんな十代に苦笑して明日香は脚を崩した。続けて見習うように十代も脚を崩し胡座をかく。
「実は前に彼と七精門の鍵と私とのデート権を賭けて湖でデュエルしたことがあったの」
「へぇ…」
 あのラブデュエルかと心の中でだけぼやき次の言葉を大人しく待った。確かあの時は万丈目の空回り具合に皆が引き、最終的には負けて玉砕して終わった筈だ。そんな失敗がどう繋がるのか十代とてちょっとだけ気になってしまう。
「その時はセブンスターズの事や兄さんも絡んでた事もあって正直止めて欲しかったんだけどね」
 おいおい言われてるぞ万丈目とこの場には居ないライバルに哀れみを感じた。今頃彼はどこかでくしゃみでもしているだろう。それで、と促し背を丸め頬杖をついた。
「あれから彼が頭から離れないの。クサくて意味の分からない言葉でも私を想ってくれてる気持ちが強いからこそ言ってくれてたのであって、そう思えば胸が締め付けられて…」
 そう言って俯き惚けた表情を浮かべる姿はまさに恋する乙女よろしく。散々言われてたが、これはまさか。思わぬ転じ方もあるものだと十代は妙に感動した。しかしそれなら両想いと知っていることになるのだしさっさと告白すればいいのでは。そう思いもしたが先ほど他人に好きな人物を教えるのでさえあの調子だったのだ、本人に直接伝えられる日が来るのは夢のまだ先になりそうだ。これで吹雪に相談できない理由もよく分かった。
「いいぜ、お前が本気ってならオレも協力してやる」
「本当っ!?」
「ああ」
 自分に何ができるのかは想像もつかないがやれることはやってみよう。嬉しそうな明日香を見て十代もつい破顔させた。

 ようやく上手く話が纏まったところで思い出したように明日香はごそごそポケットから何やら漁りだした。それは一枚の四つに畳まれた小さな紙。十代は掌に握らされ明日香と交互に見つめた。
「そこに書いてある事を万丈目君に聞いてきて貰いたいの」
「ふぅん…?」
 中を開くと『好きな食べ物』や『お気に入りの場所』やらと他にも様々な箇条書きの質問が陳列していた。聞いても良いのだが、ここで新たな壁が生じ始める。これを男の十代が聞いても変な噂が立つような気がしてならない。十代は至ってノーマルでそんな気はさらさらないのだが弟分である翔や聞かれた万丈目はどう思うのだろう。もしや後先考えず気持ちだけで頷いてしまったのは間違いだったのか。だが今さら撤回するなんて男としてのプライドと彼女の綻ぶ姿を見て出来るわけもなく諦めて天井を仰ぐ。
「宜しくね」
 そんな十代の心情に気づかなかった明日香は今にも鼻唄を歌いそうな勢いでレッド寮を後にして行ったのであった。


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