例え、人でなくなっても小波なら愛してくれる。怖がらないで寄り添ってくれる。好き、小波が、恐怖を抱いてこないから、好き。
 抱き着けば男なのにいい匂いがして凄く落ち着くんだ。幼かった頃、甘えられなかった母親に重ねて腕いっぱい包みこむと困ったように笑いながら、それでも返してくれる優しさ。不意に鼻がつーんとして胸に顔を隠した。制服に皺ができるのなんて気にしない。ベッドに座っていたから押し倒して首回りに腕を移動させる。弾みで帽子も脱げたらしく素顔が明らかになった。風呂の時は当然だけど、部屋や外では深く被ったままだから滅多にお目にかかることはない彼の瞳や眉や前髪。それら全てが自分と同じ茶色で成り立ってることが嬉しくて頬は緩み、口角は上がっていた。
 耳裏をすんすん嗅いで舌でぺろり。みじろぐが抵抗はしないので、ほっとして頬にキスを落とす。拒絶しなかったのは十代のことを考えてか、それとも。どちらにせよ彼が負の感情を表さないならそれでよし。犬のように尻尾があったなら今頃ぶんぶん振っていた。

 小波になら見せてもいい、自分の全てを。それは怖いことだけれど小波なら受け入れてくれるとどこかで期待を抱いている。もちろん、ヨハンも万丈目も明日香も翔も。みんなみんな優しいと知ってる。だけども一番は小波だ。パートナーで学校生活では誰よりも彼と長い時を過ごしてきたからできた信用というものもある。そうじゃなくて、根本的な何か。その何かが十代を惹き付けた。
 精霊が見えるわけでもない。だからといって他に特別なものを持ってるわけでもない。普通という言葉がぴたりと当てはまるからこそ、普通ではなくなってしまった十代は求めるのだろう。突き放せない、彼の良いところでもあり悪いところでもある性質を利用してると言えばそれも正解。分かっていてもすがりたくなるのは依存してるからかも、と自分に自嘲した。



「ずっとそばにいたい」
「うん」
「…退学届も、小波のこと考えたら出しづらくて。けどもう決めたことだからさ。オレ、ユベルと旅するんだ」
「じゃあ、怪我には気を付けるんだぞ」
「心掛ける」
「それでもした時はオレの所に来なよ。消毒液たくさん吹き掛ける準備して待っててやるから」
「うわ…小波ってどエスだったのか」
「そんなことないって」

「離れたくねぇなー…」
「オレも」

 かと言って危険なことに捲き込みたくねえし、と言えばいまさらと呆れられた。きっと小波なら一緒に来いと言えば十中八九行くと言う。パートナーを放っておけるわけないだろって、笑って承諾してくれるんだ。家族も将来も捨てて選んでくれる。嬉しくないのかと問われれば全力で首を振って嬉しいと答えられるが、罪悪感の方が勝るだろう。自分なんかのために小波を犠牲にする必要なんてない。それに、年齢に相応しい歳の取り方をするかも分からないし況してや死ねるのかすら分からない。どちらにせよ置いていかれるなんて嫌だ。そうなるぐらいなら最初から連れて行かない方が賢明な判断だった。
 その事を伝えれば、お前は変わらないなと割れ物を扱うようにゆっくり頭を撫でてくれた。みんな口を揃えて遊城十代は変わったと言うのに。
「根が変わらないんだよ。その自己犠牲するとことか」
「貶してんのか」
「あれ、誉めてるつもりだったんだけど? 十代は宇宙一優しいって」
 目を見る限りその言葉は嘘ではないのだろう。オレは優しくなんてない、そっくりそのままお前に返したいぐらいだよ。そう言いたいけど小波に押さえつけられて口から出すことはできなかった。
 冷たくなった、はよく言われるけど。優しい、なんて。むず痒い。
 それでやっぱり思った。ずっと傍にいることはできなくても、

「嫁に来てください……いてっ」

 何が気に入らなかったのか叩かれた。




貴方の怪獣になりたい
(「オレだって男としてのプライドあるし」「そんなの捨てちまえよ!」)





-----
題:魔女


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -