珍しくとても不機嫌そうに吹雪はやってきた。原因については確証はないが、多分三日、もしかしたらそれ以上になるかもしれない藤原の徹夜に渡る研究のせいで放置してしまっていたからだろう。もちろん藤原には悪気はなく、気づいたらこんな状態に陥ってただけなのだが。とにかく気になり出したら手が止まらなくなる癖を理性で制御できるようにならないとと考える傍らで吹雪に申し訳なさを覚えていた。
窓辺の椅子に座り頬杖をしたまま此方とは反対の方を向く――つまりは外を苛々と眺める吹雪の下に取り敢えず正座をする。握り拳を作るとすぐに手汗が出てくるぐらいには戸惑ってるし居づらい。
「藤原ってさぁ」
「は、はい」
陽気でマイペースな彼が怒るとこんなにも恐くなるなんて思いもしなかった。だからか口から出るのは自然と敬語だ。やっとのことでこっちを見たかと思えば色のない無表情で、ぞわりと肌が粟立つ。亮のとは根が違って本当に全ての情を忘れたようなそんな感じだ。あの天上院吹雪をそれほどまでに怒らせたということになる。機嫌を治すためなら土下座でも何でもするからどうにかしてくれ! と心中叫ぶ藤原の元に救世主など現れる筈もなく、脚の痺れをまぎらわせるように足の親指を交差させることだけで精一杯だった。
「…ボクだってこんなこと言いたくはないけど、そのよく分からない調べものとどっちが大切?」
どっち、というのは吹雪と比べてだろうか。まるで彼女が彼氏に対して仕事と私のどちらが大切なのみたいな質問だが実質そうなのだし答えづらい問いに言葉を詰まらせた。そしてその反応は失敗だったと彼の眉間に集まった皺が告げている。だから急いで取り繕おうとわたわたと口を動かす。
「吹雪に決まってるだろ!」
「へぇ、それは嬉しいけど迷ったよね?」
「う…」
オレの馬鹿野郎、と益々苛立っていく吹雪を尻目に藤原は自身を罵った。
不定期に鳴る机を指先で叩く音にさえ全身はびくつく。痺れなんて忘れてしまえるほどに恐怖は侵攻していた。やがて吐かれた溜め息は何を意味してかは解らない。数字や文字の羅列は得意でも、他人の心を読み取るのは苦手なせいで大変困った状況だ。すくりと椅子から立ち上がり藤原の目の前に座り込んだ吹雪は俯いていて今どんなことを考えて思っているのかなんて想像もつかない。ただなんとなく嫌な予感がして気づけば吹雪の肩を両手でしっかりと掴んでいる自分がいた。やっと見れた色は驚きの色であってもあの無表情から解き放された彼を見て藤原は安堵する。
「な、なに? どうしたんだい?」
「あーうん、いや…ね」
「は…、だからな、に、…っ」
聞かれたことには曖昧に応えておいて、見開かれたブラウンに見惚れながら吹雪に想いを込めてキスを送る。最初は強張ってた身体も触れ合ってるうちに徐々に受け入れ始め、その隙を衝いて唇を熱い舌でかち割った。
「ふぁ…んん……ゆ、すけぇ…」
そんな鼻から抜けたような甘ったるい声で下の名前を呼ばれると気恥ずかしくなって、それを誤魔化すようによりがっついて舌を絡めてゆく。力なく降りていた吹雪の手を肩に這わせ後頭部を押さえながらゆっくりと床へ押し倒せばぎゅうと首に腕を回されたことに興奮は深まり、普段はあまり出ることのないさらけ出された耳を摘まんで相手を煽る。銀糸を繋ぎながら離れると柔い首筋に移動し優しく歯を立てて吸い付いた。鬱血したそこに満足した後は服を捲り、しなやかな筋肉がついた腹へ手を添える。ここ最近抜いてなかったし激しくてもいいかなぁと膨らんだ部位を擦り付けると余韻に浸っていた吹雪が突然我を取り戻し、藤原を押し返した。
「い、やだ…」
あからさまに拒絶をされたのはこれが始めてだ。生理的なのかどうかも区別のつかない涙をはらはら流して吹雪は静かに首を振る。
「怒ってるのになんで、藤原にとってのボクってなに、も、やだ」
「吹雪…」
「ね、ボクだって限界ってものがあるんだよ。性欲処理ぐらい君なら女の子の一人や二人ぐらい頑張れば捕まえられるだろう?」
「吹雪!」
彼をこんなにも追い詰めていたことに気づかず何が恋人だ、最低じゃないか。痛いよ、離して、と喚く吹雪に構わず有らん限りの力で抱き締める。最後に会ったときよりも幾らか痩せてるような気がした。耳元で聴こえるぐずり声が心を痛ませてくる。
「いっぱい不安にさせてごめん」
-----
ダークネス前のこと書こうとしたけど時間軸が分からなくなってきたので敢えなく没
呼び方も天上院にするつもりが…(笑)