偽りはない、苦みはある
下駄箱の中に手紙が一枚入っていた。手にして期待しながら可愛らしい便箋を破っていくと丸っこい女子特有の文字が見え始めて心臓が高鳴る。これはきっとと喉を鳴らしながら慎重に取り出していってると肩に突然重さがのし掛かり、つい驚いて小さな悲鳴を上げてしまった。
「なーにしてんのよ」
聞き覚えのある声に振り向くと黄色の髪をさらりと揺らしながら肩に乗せていないもう片方の手を腰に当てて仁王立ちする珠香が偉そうにいた。邪魔よ、と俺を押し退け強引に自分の下駄箱へ腕を伸ばす珠香に巌を飛ばす。それが怯まずに睨らみ返してくるのだから俺はこいつが怖い。一マイクロぐらい。本当だって、信じろよ。…この真実を突き止められる間に黒歴史を掘り起こしてしまうからもうこの話はおしまいにしよう。肩を竦めて開けっ放しだった下駄箱から靴を摘まみ取ってるとじっとこちらを覗くように食い入る視線。珠香の目は俺が持っている手紙に釘付けだった。
「なにそれ」
「多分ラブレター」
硝子細工みたいに綺麗な翡翠は真ん丸になって飴玉のよう。ぽかーんと阿呆みたいに開けられた口には指が二本は裕に入るんじゃないかってぐらい。いくらなんでも驚きすぎじゃあ。男子の悪戯じゃないの?、とあくまで信じようとしない珠香は苦笑気味に問うてきた。俺だって実はそう思ったけど…。手紙を渡して見せると俺の顔とそれを見比べる動作をしてきて気恥ずかしさで首ごと背けた。そこに書かれた字の特徴は例え偽って書いたとしても普段殴り書きの男子には綺麗に纏めて書くなんてそうは無理だって知ってる。珠香の言った事はあり得ないとは言えなくもないけどほぼ本物としか考えられない。
「珠香?」
俯いて俺の胸へ手紙を押し付けると先程取り出したローファーを履いて玄関を開いた。いきなり元気を失ったようにみえるがどうして。肩を掴むと動きが止まる。
「……ぅの?」
「は?もっと大きな声で喋ってくれないと」
「告白!…受けちゃうわけ?」
「あー知らね」
思ったままさらりと答える。あ、やべ、と脳が伝えるよりも速く珠香の鉄拳は俺の腹部へ直撃した。昼に食べた給食のミートスパゲッティが胃から押し戻される感覚がして溜め込んだ唾を一気に飲んだ。ゲロ斗なんてアダ名が付いてしまったら最悪だからここで戻すわけにはいかないだろ。げほげほ咳き込んでいたら今度は手紙を奪い取ってそれを、びりびりに破いた。何が起きたのかすぐに理解するのは不可能だ。
「烈斗なんかと付き合う女子が可哀想だから救ってあげたわ」
鼻を鳴らして上から目線で話すのを見てはっとする。こいつはやってしまったんだ。手紙だった物を俺は急いで拾い集めた。珠香は手伝おうとしない。そうだよな、だって破った本人だもんな。
「最低すぎるよ、お前」
軽蔑の言葉を吐き捨てて教室にあるテープで元の形に繋ぐ為に靴を戻して廊下を歩いた。玄関からの去り際に珠香が何か呟いてたようだがもう知らない。泣いてたって知るもんか。人の気持ちを平気で踏みにじってしまう奴なんて。
-------
タイトル:空想アリア