手首


ぶちっと皮膚が切れる音がした。痛みに喉からひゅっと空気を吸い込む気配がする。口の中は鉄の味で一見最悪のようで俺にとっては媚薬みたいなものだ。興奮してもうひとかぶり。銀糸を紡ぎながら離すと綺麗にくっきりとした歯形が付いていてぞくぞくと背中に駆け上がるものを感じる。これは俺の物だと主張していた。

「なぐ…も、」

こいつの震える声がより俺を煽らせる。敢えて優しく頭を撫でてやると安心した隙を狙ってまた噛みつく。痛い痛いと悲痛の叫びを出しても尚本気で抵抗しないならば嫌がってはいない。それどころかもっとして欲しいと聞こえてしまう。白い肌に流れる赤は絶妙な色具合だ。消毒の代わりに唾液をたっぷりと含めた舌で傷口を舐めると全身で反応を示し、くくっと笑いが漏れた。誰にも、特にグランの野郎になんて渡しも触らせもさせやしない。独占欲が醜く溢れ出る中で涼野は恍惚を浮かべながら行為をされるがままに傍観していた。
ぼーっとしているところをぐちゃぐちゃの寝癖のような髪を引っ張って引き寄せる。驚くのもつかの間。獣のように荒いキスを降り注げば次第に力も抜けていく。あまりにも反抗されないと詰まらなくなり噛み跡を親指でぐちゅりと爪で押しつけると目玉が落ちてしまうのではというぐらいに見開いて大粒の涙を溢した。胸板を違う方の手で叩かれるとすぐに離してやり、ついで握ってた方も手放し指に付着した血を舐めとる。肩でぜーぜーと辛そうに揺らす姿は滑稽だ。
傷は、人間の持つ治癒力さえ充分であれば時が経ったならすぐに治ってしまう。心にまでは残ってくれない。こいつには俺のもんだっていうのを嫌という程叩きつけないといけないのに困ったものだ。再度腕を手に取り手首に触れるだけのキスを幾度もする。

「…手首にキスするってどんな意味か解るか?」
「……っ…知らない」
「じゃあ仕方ねえから教えてやる」

長い睫毛を不安げに上下させている奥にはどこか期待を含めた瞳。三日月形に唇を歪ませて挑発的に艶を漂わせる声音で耳元に囁く。肩を厭らしい手付きで触れていくとその度に身体を揺らすからおもしれえ。そして吐く息が早くしろと俺を急かしてくるのだ。焦れったくしてもこっちの方が持たなそうである。首に腕を回し鼻がぶつかるぐらいの距離まで詰まり、吐息で話すみたいに喋り出す。

「めちゃくちゃに抱きたいって意味らしいぜ」

瞬時に何かを言いかけていた唇を塞いで舌を侵入させる。満遍なく口内を弄くると甘ったるい声が漏れ始めた。先刻まで血を舐めていたからそれの味が大半を占めていたけど俺としては気分が上がる要素だ。涼野に至っては不満そうに眉を吊り上げていたが文句一つ言えない状況に置かれているのをいい事に味覚を感じとる舌を濃厚に絡めさせた。
満足したらすぐさまベッドへ押し倒した。ぐぅ…っ、と色気のない鈍い声を上げて肘でバランスをとるような体勢になった処を覆い被さる。服を託しあげていると垂れていた前髪をくいくいと引かれ片目を歪めながらも熱っぽい表情をした涼野と視線を交わした。切羽詰まってるはずなのに余裕そうな微笑みを向けてくるその口が動くのに目が離せない。そして艶やかにこう言うのだ。

「私は君になら食い尽くされても悪い気はしない。一つになれるのならとても幸せだよ」

ぬるりと乾いた赤で染められている手が頬や鼻を撫でてくる。実際に喰われそうになって怖がってる癖によくいけしゃあしゃあと。こんなんだから俺はお前に惚れちまうし他の奴等まで惚れてしまわないか恐ろしいんだよ。
改めて愛おしげに手首に唇を這わせると小さな悲鳴が不定期に聞こえ、それだけで心が満たされていくのを単純だと自分を嘲笑いながら腰に手を置いた。



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