もどかしい劣情と

 新たなる王の姿に民衆の歓声は一夜明けても収まらなかった。前王の死からようやく立ち直れたといったところだろう。
 その熱気に対し、右瞼から頬にかけて大きな傷を持った男はつまらなそうに肉を貪っていた。上物だがこれを食べれたのもこのお祭り騒ぎのお陰だと思うと一気に不味く感じる。神と崇められる王の背景には残酷で醜い所業が隠されていることを知らない平和ボケした民衆達。何故、この者達ではなく自分の村が襲われたのか。今すぐ殺してやりたい気持ちを残りの肉全て口に放り込むことで封じ込めた。理由はまだその時ではないからだ。

 代金は適当に墓から盗んできた宝石で済ませ、足早に店から去った。こんな胸糞悪い場所でちんたら食事なんてしていられる筈もない。それに、王宮の見張りに見つかったら捕まらない自信はあるも面倒なことに為りかねないだろう。盗賊王として指名手配を喰らってるので噂で有名になったここいらでは珍しい白髪をフードを被ることで隠し、人通りの少ない路地裏を目指す。
「ファラオ、万歳!」
「おお! 我らが神よ!」
 それからすれ違う先々で天に向かって仰ぐ奴等は揃って歓びを口にした。中には感窮まって涙を流す者もいる。
(何が万歳だ、何が神だ! 王なんざ神の皮を被った悪魔じゃねえか!)
 あの日を決して忘れはしない。否、忘れられるわけがない。同志が目の前で殺され生け贄に捧げられる恐怖と怒り、そして憎しみ。八つ当たりするように近くにいた奴を睨めば引きつった声を上げて顔を歪めた。

 多少はましな気分になるかと思って入った路地裏も癒してくれそうにはない。視線の先にはたった一人の子供に寄って集って攻撃している数人の大人。この騒ぎならバレないだろうと目論んでの事だろうが生憎と腹の居所がよくないバクラと出会ってしまったのが運の尽き。主犯と思える人物の肩に触れ、声を掛ける。
「おい」
「なん、あがぁっ!?」
 振り向き様に拳を御見舞いすると男は数メートルも真っ直ぐに飛んでいった。衝撃で歯が何本か抜けていたがどうでもいい。一発だけで伸びてしまったところを見るとそれほど強いというわけでもなさそうだ。
「て、テメェ! よくもやってくれたなァ!!」
「ぶち殺してやる!」
 当然憤慨した仲間の男達が取り出したのは小型のナイフ。子供の息を呑む音が聞こえたがバクラは唇を舐めてニヒルに笑った。
「鬱憤晴らしには丁度いいぜ」
 首や指の節を鳴らして素手でむかい討つ。武器があるから勝算があると考えている小物には世間の広さを教えてやるのがいい。
 数秒もしないうちに断末魔が響いたとかそうでないとか。



「大丈夫か?」
 返り血を拭っていると成長途中らしい少年と青年の間の声が聞こえた。喧嘩することに夢中で途中から忘れていたが、この子供が集られていたのが始まりだったような。顔だけ声の主に向けるとなんとも不思議な雰囲気を漂わせる少年が立ち竦んでいた。あんな事があったのに怖がるわけでもなく凛としている姿にはどこか好印象を与えられる。
「すまない、オレのせいで手を煩わせてしまって。怪我はないか?」
「どこも。テメェはテメェの心配をした方がいいぜ、餓鬼。殴られた痕だらけじゃねぇか」
「ん…? ああ、本当だ」
 まるで痛みなんて感じず、傷も今気づきましたとばかりに着ていたローブの端を持ち上げて驚く少年にくつくつ咽を鳴らした。これは案外良いものを見つけたのかもしれない。家に帰ったらどう言い訳するか思い悩んでいた少年の体を樽のように抱き抱える。足が宙に浮いた為バランスを崩しかけたがなんとか持ちこたえて少年は唖然とバクラを見上げた。
「ったく、間抜けなツラ晒してんじゃねえよ」
 からかうように歯を見せながら笑う見知らぬ恩人の無邪気さに少年の心はぐらりと揺れた。そんなことは露知らずのバクラは少年の身動きが固まってしまったのを好都合とし、路地裏の更に奥なる所を進んだ。

 進むにつれて暗くなる道。陽はまだ燦々と輝いているが人影が全く見当たらない。まさか自分を助けたのは身を売るためではと強張る少年だが、男の愉しそうな表情を見て一瞬のうちに緊張も解けてしまった。実はこの少年、装飾品を取り外しただけで正式な王の次なる後継者である。式典に疲れたから休んでくると家臣に告げた後に脱出を謀り大騒ぎする民衆に紛れて町に下りてきたのだ。始めのうちは成功したものとばかり思っていたが破落戸の悪い奴等に捕まってしまうとは計算外で、あのまま嬲り殺されるのではと王宮から出たことを後悔していた。だがそれもこの恩人と出逢うための試練だったのかもしれない。
 自分とは違って逞しい体つきなのにどの筋肉も無駄を感じずしなやかさを保ち、誰もが振り返るような端正な顔。意図せず溜め息まで出てしまうぐらいの美しさだ。髪はフードのせいで上手く見ることが出来ないが隙間から覗く横髪は褐色肌にはよく映える銀色をしていた。
 少年があまりにも見つめていたので視線を擽ったく感じたのか青年はぶっきらぼうに「何だよ」と見た目にはそぐわない少々高めの声で気恥ずかしさを表した。多分一回りは年上でしかも男に感じるのもどうかと思うが、可愛い。先程の勇姿を目撃したならばかっこいいの方が合ってる筈なのに可愛いと確かにそう思ってしまった。少年とはまた違う深い紫の瞳に見抜かれる度に跳ね上がる心臓に気づかれませんようにと、体の位置を腕からちょっとだけずらし気まずそうに何でもないとそっぽを向いた。

 さて、人の出入りがない場所まで連れて来たは良い。ここからどうするかだ。気の向くまま抱えて来てしまったが相手は怪我人。治療する薬草も何もないのではせっかくの綺麗な顔が腫れてしまうだろう。いつもならこんな子供放っておいてしまうのだが力に抗えない姿が幼少の自分と重なってどうにかしてやろうという気を起こしてしまった。どこか近くで闇市でもやっていないものかと左右を見渡すも流石にやっているわけもなく。仕方がない、危険を承知でまた町へ戻る決意をした。
「おい餓鬼」
「アテム」
「……あ?」
「オレの名だ。だからその不名誉な呼び方は止めてくれないか?」
 担ぐのを止め、自由の身となった少年は御免願いたいと腕組をしながら睨んでくる。しかし身長の差もあってか怖くもなかった。逆に少年の容姿では狙ってやってるのかと疑う程に芳しい。盗賊の名に恥じぬようこの少年、アテムをかっ拐う事も考えたが彼を待つ人がちゃんと存在する事を思うとつい躊躇った。らしくもないと頭を乱暴に掻きむしり、踵を翻す。
「はあ、面倒くせぇ餓鬼拾っちまったぜ…」
「だから餓鬼じゃないぜ! この世に生を受けてから十四年以上は経ってるからな!」
「オレから見りゃあ、テメェなんざ大人ってわけでもねぇんだよ」
 怒るアテムをしっしっと適当に追い払って歩み出す。包帯も手に入れておいた方が何かと便利かもしれないと頭の中でリストを整理していると不意に服を掴まれた気がして後ろを振り向いた。
「…オレを置いて何処に行くんだ」
 か細い声がバクラの耳に消えるギリギリで届く。さっきまであんなに堂々としていたのに打って変わったようなアテムの変化に戸惑った。陽の光が入らない此処では見えにくいが不安が渦巻いてることだけはなんとなくで気づく。心細さからか服を掴んだまま放そうとはしない。突然連れ去られて置いて行かれようとしてるのだからそれもそうなるかと納得し、上着を脱いでアテムに掛けてやる。視界を遮られ「うわっ!?」と悲鳴を上げたアテムの頭をわしわし撫でてやり目線が合うまでしゃがみこんだ。
「町に戻るんだよ。薬買ってきてやるから大人しくそこに座って待ってな」
「じゃ、じゃあオレも行くぜ!」
 切羽詰まってすかさず出した顔の真剣さに思わず眉を寄せる。しかし怪我を確認するに膝や脛にも痣が幾つか浮き上がり思うように動けるとは考えられない。
「今のテメェじゃ足手まといだ。なに、すぐに戻ってくるから留守番頼んだぜ。餓鬼じゃねえって言うならこれぐらい出来るよな?」
「あっ…当たり前だ! けど…」
「なら、さっきの奴等が仕返しに来たらどうする。オレ様一人だとすぐに返り討ちにしてやれるが誰かを庇いながらってのは非常にやりにくい」
 頭は良いらしくバクラの言葉に頷きかけるが、でも、だけど、と言葉を濁すアテムに苛立ちが募り胸ぐらを掴み上げる。
「いいからじっとしてやがれ!」
 急な怒声に吃驚して固まったアテムを突き放しバクラはまたおもむろに頭を撫でた。その眼差しは子を見つめる親そのものでアテムはそれ以上の我が儘は言えなくなってしまい眉目を歪ませる。掴まれていた服も手から離れたことにより晴れて自由の身となったが見事皺ができていた。地べたでは身が冷えると案じ、木箱の上に座らせたバクラは改めて背中を向けて町へと翻す。
「…っ一秒でも早く戻ってこい!」
 背後から掛けられるアテムの声にゆっくりと手を振って応えてみせた。そういえばずっと溜まっていた鬱も綺麗さっぱり消えてるような。その原因は、きっとそうだ。暇そうに待ってるだろう彼を思い返してバクラは一人口角を上げていた。





2に続きます。

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