「暗殺するしかない」

でなければ、今日、世界が終わる。
それほど思い詰めた様子でナマエは静かに語る。ナマエは何としてでも千手扉間を亡き者にせねばならない。

「よくわからないけど扉間を殺すなら協力するよ」
わからないのに協力を申し出るうちはイズナは積年の恨みを晴らすべく立ち上がった。可愛い妹の頼みとあれば相手が何であろうが、つい最近同盟を結んだばかりの千手であろうが仕留めてみせよう。

「…一体何があったんだ」

この家の中で一番冷静だったのは一族を率いるマダラであった。心ここに有らずの妹ナマエと、「あいつは昔から気に入らなかった」と私怨丸出しの弟イズナ。今にも蹶起しそうな二人を宥める立場に収まる。長きに渡る両一族の争いはマダラが昔友であった柱間を信用し、色々あってようやく平和が始まったのだから無駄に事を荒立てたり蒸し返したりするのは避けたい。
里を興した今でも千手を信用しきれないと主張を続けるイズナはいつものことであるが、ナマエがそんな発言をしたのは珍しい。
イズナを説得しきったのは他でもない妹のナマエであり、賛同しない同胞を説き伏せたのも彼女だった。

何か、理由があるはずだ。
そりゃあ人を殺すのに動機がなければただの危ない輩である。相手が千手扉間なら、まあそれなりの暗殺したくなった理由があるはずだ。
正直、奴を殺れるなら理由なんてどうでもいいと思っていたイズナも兄の落ち着いた態度に感化されて、暗殺を提唱するにいたった経緯を聞きたくなった。深呼吸して再度、座る。しかしナマエの変わりように嫌な予感がした。
少し顔が赤い気もする。
「まさか…扉間に卑猥な言葉でもかけられたのか!」
「なんだと!あの卑劣野郎!見つけ次第殺るぞ!」
「いやいや全っ然違うよ。ってか扉間はそんな人じゃないでしょ…」
頓珍漢な兄達の言葉によりいっそう表情が暗くなった。

お茶はすっかり冷めていて、ナマエの前の湯呑みは一口も飲んだ形跡ない。何度もため息を繰り返し、「むしろそっちの方がマシだったわ」と愚痴を溢す。
イズナはその台詞に何かを感じとり居間から出ていった。新しい茶でも持ってくるのだろうか。

「まあ、何だ。話してみろ」
「マダラ兄さん…」
「落ち込んだ時は話すと案外楽になるもんだぜ」

このように弱った姿の妹を見るのは初めてではない。修行が行き詰まった時、人前で大失敗やらかした時、オレやイズナが怪我を負った時……思えば、ナマエは家族にしか弱音を吐かなかった。
否、家族だから伝えることができた、のが正しい。
完璧主義ってほどではないが、マダラやイズナの妹という大それた立場に相応しくあろうと常に努力し気を張り巡らせていた。

忍の才能は人並みで、秀でたところは特にない。マダラもイズナも齢一桁の頃に一度父様に教われば火遁の術を会得したが、ナマエは豪火球の術が出来るようになるまで二人の何倍も時間がかかった。それも、父に隠れてこっそり練習し続けて。「さすが族長の妹君だ」と何も知らない奴らは言うが、雨の日も風の強い日も鍛練を続けて期待に応えようとする健気な妹は、マダラにとってかけがえのない存在。


「実は…」

半べそ状態で顔を上げたナマエに、マダラはそっと背中を叩く。大きく熱い兄の手に促されて、ぽつりぽつり話し始める。



ナマエは家に仕事を持ち帰るのは恒常的になっていた。

書類も颯爽にこなすうちはナマエを演じるためには、どうしても時間が足りなくて自宅に持ち帰る必要があったからだ。

「マダラかイズナは居るか?」
だから、完全に、油断していた。

安寧の地たる我が家。
化粧は落としきっていたし。左手でせんべい食べながら楽を極め過ぎたゆるい服装。顎を使う菓子は眠気がとれていい。前髪は子供っぽいヘアピンで留められて後ろは纏めているのかわからないほど乱雑に櫛で固定されていた。髪が前に流れてこなければいいのだから。見た目なんて気にしない。
身内以外には決して見せられない気の抜けた姿。本当の、素のうちはナマエ。

「と、扉間……」
「そのチャクラ…ナマエか?いつもと雰囲気が違うから気がつかなかった」

玄関から呼んだが返事がなかった、急ぎの用事だった、明かりはついていて人の気配はしたからここから窓から失礼した。
簡潔に話す扉間の言葉の内、頭に入ったのは一割にも満たなかっただろう。兄と見間違えたみたいな台詞も言っていた。

「火の国の大名からだ…うちは一族の署名がいる。マダラに花押を書いたら兄者へ渡すよう伝えてくれ」

邪魔したな。軽い別れの挨拶をして、次の任務があると飛ぶように去っていた。こんな時間に訪ねて、きっとかなり急いでいたに違いない。

散乱した巻物や書物、菓子の包装や空いた皿も床に置かれてそれはもう汚れた部屋にいたナマエは、独りで呆気にとられていた。
見られた。
見られたくなかったものを見られてしまった。しかも千手に。これからどんな顔をして歩けばよいのか。



一通り話を終えて、ふつふつ怒りが湧いてくる。

「マダラかと見間違えたって、酷くない!?私、そこまで髪がボサボサだったの!ヤダ!」
少し貶された気もするがまあ可愛い妹の言葉なのでマダラは何とも思わない。喚き散らかす妹を宥めて、己と勘違いしたといえ勝手に室内を覗く奴が悪いと何度も重ねて賛同する。
「ああそうだ扉間が悪い」
擦るように背中を撫でてやれば段々落ち着いてきたのか、また落ち込みだした。
「もう外に出たくない…一生家に居るもん」
涙こそ流してないが、めそめそと元気を無くしていく様にマダラも眉が下がり悲しくなる。
「安心しろ。引きこもりになろうとオレが養ってやる」
「そういうのじゃない」
マダラからしてみれば最愛の妹に変な男がつくぐらいならに外に出ず天寿を全うするまで家に居てくれても構わないが、どうやら彼女が求めている回答と違ったらしい。
他に何か励ます言葉が必要か。こういうのはイズナの方が得意だが、まだ席を外している。しかし妹が相手なら喜ばせる言葉のひとつやふたつは容易く思い浮かぶ。
「気落ちしなくていい。お前は抜けた素顔も可愛いから安心しろ」
「そんなこと…」
「身贔屓ではなく白粉も紅も無かろうがナマエは可憐だとオレは思う」
「ほ、ほんとぉ?」
「当たり前だ。寝顔も可愛い」
髪を梳かすように撫でる。照れながらも嬉しそうに振る舞う妹に、こっちも慰められる。こんなにも可愛い家族なら冗談ではなく一生家に居てくれてもいい。


「それに、扉間なんてどうでもいいだろ。見られたところであいつが何かするとは思えん」

柱間と違って扉間は陰険な男であるが、陰口や吹聴をするような人間ではない。あの小心者はオレやイズナが側にいる限りナマエに対して下手な行動はできるまい。
慎重な性格と言わず小心者と評するあたりマダラもずいぶん彼を嫌っていた。というか妹の心をここまでかき乱す男に殺意さえ覚える。今度、扉間と顔を合わしたら一発くれてやろうか。須佐能乎で。そしたら衝撃でナマエの失態を忘れるやもしれん。

「どうでもよくないの!」

前動作もなくナマエが勢いよくバンッと机を叩いたもんだからマダラとても驚く。

「あいつにだけは…っ、扉間にはあんな姿見られたくなかった!」

しかし、それ以上に外では絶対に見せない妹の慌てようにマダラも目を丸くした。こんな表情をしたナマエは初めてだ。髪を振り乱し、赤い瞳は今にも泣き出しそうなほど涙を浮かべている。眼だけでなく顔も赤らめ恥ずかしがる姿はいつもの子供っぽさだけでなく内に秘めた大人の情欲があった。

これでは、まるで。

「だって、扉間にブサイクって思われたらどうしよう…っ!」
幻滅されたら、嫌われたらと心配そうに喚くナマエに今度はマダラが焦り始める。
とっくに妹の心情を察していたイズナは、ガチャガチャと金属音を鳴らし戦支度を終えていた。聞き耳はしっかり立てていたようでそんな妹の様子に静かな殺気を匂わせる。

熱くなった顔を手で覆って隠す。潤んだ瞳は艶やかで。
まるで、扉間に恋する乙女のようではないか。



「殺すしかないようだなァ…!」
「兄さん、早く戦の準備して」

マダラは何としてでも千手扉間を亡き者にせねばならない。あの野郎、いつの間にナマエを誑かしやがった。一発と言わず百万発ぐらい喰らわしてやる完成体須佐能乎で。


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