「強くてカッコいい人と結婚したい」

くノ一として育ったからには強い忍にとても惹かれる。扱える術は多ければ多いほど良いしチャクラも膨大で背も高いとなお良し。血統や肩書きも大切だ。どんなに修行しても追いつけない才能の差は自分が一番わかっている。だからこそ嫁いだ先で忍としての人生が大きく変わる夢を見ていた。
なんて。

「兄さんと結婚すれば」
「うん?」
「だからナマエがオレの兄さんと結婚すればいいじゃないか」

子供の中で一番強いし。謳い文句も添えて唇を尖らせながら提案してきたイズナはどこか悲しそうで。ああ、それいいかも、と少しだけ考えてしまったけれど彼のお兄さんと私が夫婦になる姿が全く想像できなかった。
友達の兄弟は何故か遠い存在に感じてしまう。苦手って訳じゃないけれど歳も違うからかどうしても距離をとってしまっていた。
それにたぶんあの人、女嫌いだと思う。私がイズナと一緒にいると大切な弟さえ放って何処かへ遊びに行ってしまうし。

「いいや。他の一族にもっと強い人居るかもだし」
「いいやって、なんだよそれ…ナマエは無礼な奴だな。兄さんより強い子供なんてオレ知らない」
「私も知らないよ」

強い人と結婚したい、子供の頃の漠然とした曖昧な夢の一つだった。お姫様になりたいだとかお菓子の家に住みたいとかそんな類いと一緒の願いをイズナは真剣に受け止めていた。大人になっても受け止め続けていた。

ひどい勘違いだ。
憧れやなりたいものは変わっていく。私はとっくの昔からイズナに惹かれて彼を好きになっていたのに。


何が悲しくて愛した男の兄と結婚せねばならないのか。何の冗談で愛した男を殺した奴らと仲間にならなきゃいけないのか。



「里を興したばかりで今は難しいが落ち着いたら式を挙げるぞ」

難しくていい。落ち着かなくていい。
この歪な里が曲がって壊れてまた興してを繰り返してほしい。永遠に先延ばしされてしまえば当人の知らぬ間に勝手に結ばれた約束を忘れてくれるかもしれない。

マダラは千手柱間を友だと言った。だから信用できる奴だと私や同胞達に言い聞かす。

でも本当に友ならば本人達のこの喜ばしくない顔で察して式を挙げられぬよう里を落ち着かせないようにめちゃくちゃに統治すべきではないか。一族の多くはこの忍里の制度に賛同して千手と組むことを選んだ。うちはだけでなく他の氏族も募り夢に見た平和は直ぐそこまできていた。

どうしてイズナがいなくなってから良い方向に進むんだ。
まるでイズナのせいで乱世が続いていたような忍界の変わり具合にこの世の全てが敵に思えて仕方がない。殺し合った相手が刃を交わさず挨拶を交わす日常の変化を受け入れられないでいた。


友達のお兄さんなんて近いようでとても遠い存在。大して親しくもない。
思い返してみれば集落に居た頃もイズナが側を離れて他に話し相手がいなかったときに軽い世間話をしたぐらいの記憶しか残っていない。今際の際と葬儀ぐらいしか私から族長の邸を訪ねることもなかったし、イズナがいなくなってからは顔を合わすのさえ気まずい。

だって彼の顔にある二つの瞳はイズナのものだから、その眼を見ると色々な感情が溢れてしまいそうになる。

乱世の終わらなかったこの御時世、大名に限らず忍も政略結婚は珍しくなく嫁いだ相手を道具と扱っていたけれどイズナと私に限っては無関係なものと信じきっていた。
千手との戦で敗けが続いていたときでも互いにいつかこの人と結婚すると静かに認めていた。族長のマダラに次ぐ大切な戦力であったイズナはいつも忙しかったし、千手の休戦申し入れに抗戦を唱えていた立場もあって「落ち着いたらにしようか」と申し訳なさそうに伝えてくれた。
まさかその台詞を別の人から聞くとは夢にも思わなくて悪夢を見ているんじゃないかと今でも疑っている。



「浮かない顔だな。気に入らなかったか?」

衣桁に飾られた華やかな打掛に反していっそう気分が陰る。

「素敵だけれど慣れない色合いだったから」
「一族の装束は暗いだろ。晴れの日は明るいものがいい」

誰が、そう思っていたのだろうか。言わなくてもわかる。私は過去にも愛しい男に同じ台詞を言われたから。彼はナマエならきっと似合うよと言ってくれたが、目の前の男は気に入らないなら取り替えると伺うばかり。

「あの……」
「どうしたナマエ」

私もこの男との微妙な距離感に戸惑ってばかりだ。族長殿、マダラ様、なんて呼べばいいのかすら定まらない。

「本当に私と結婚するのですか」

興味がないのにどうして私と結婚したがるのか。そっちだって浮かない顔をしてるじゃないの。好いてないのにここまで私に固執するマダラが気味悪い。

「イズナのことなら、貴方が気にする必要なんてないです」
「弟は関係ない。これはオレの意思だ」
よくもまあそんな嘘が口から出るもんだ。
「じゃあどうして私を選んだのですか。私よりもっと貴方に相応しい他の人でもよかったでしょうに」
「……続く戦に愛想を尽かし千手に投降する同胞も少なくない中、お前はオレについてきてくれた」

私がついて行ったのは貴方ではない。マダラだって知っているはずなのに。誰よりも分かっている立場なのに。

「そんなことで…」
「十分な理由だろ」

この男、妻を選んだ理由を聞かれて本当に“理由”を答えやがった。愛のない結婚だと言っているようなものではないか。




イズナは、私を信用してくれなかった。
いずれ自分を忘れて別の強い男に惹かれるような女だと心密かに思われていたのだろう。ただ単に保険のようなものかもしれないし、もしかしたら千手へ嫁がれる可能性もあるとイズナも不安だったかもしれない。

だからって、兄を使って私を繋ぎ止めるのは悪趣味にも程がある。
千手扉間に致命傷を負わされる前からアイツ絶対に陰険だと何度も罵っていたがあなたも大概じゃない。誰にも盗られたくないから忘れられたくないから、血を別つ者と結ばせて縛ろうとする。本当は大好きな兄でも渡したくなかったはずだ。間が悪く私がマダラと二人っきりになったときイズナはとても焦っていたし。兄の方が強いと自覚していたから私が心移りするかと心配だったらしい。

彼がそんな卑怯な人だったことより、彼にこの想いが伝わってなかったことが悲しくて悔しくて仕方がない。

貴方を負かした千手の男と結婚してやろうか。あなたを殺したあなたより強い忍に嫁ぐとしたら、イズナのことだから、それはもう怒り狂いながら棺桶を蹴破って土掘り起こし穢土から帰って来るんじゃないか。そして「うちはを裏切るつもりか」と私を詰ってあの紋様の朱い眼で私を脅すのだ。一生許さない殺してやるって悪霊のように。イズナならあり得る。



「亡霊みたい」

むしろこっちが悪霊だったか。
殺気に近い荒れたチャクラで目が覚めたら天井に朱い光が二つ。そういう怪談話とかありそう。
でも残念ながら現実。


今が何時なのか時間を知りたくてもマダラの長い髪が籠のように私の顔を覆っていて外の様子がわからない。ただ闇に溶けそうなぐらい暗かったから誰も明かりを付けない寝静まり日も昇っていない時間とわかる。
家主に無断で夜中に侵入し女を組み敷くなんて、婚約相手でもどうかと思う。
仲介人もいなくマダラが勝手に結婚を宣言したのを婚約と言えるのか。まあ言えるだろう。族長様に逆らえるような立場も力も私にはない。彼の強い瞳術からは逃げられない。

眼を逸らすことができず、真っ赤な瞳をじっと見つめ返し続けていたら笑った。

「相変わらず…夜でもナマエは美しいな」

らしくなくて、寒気がした。こんな人じゃなかったでしょう。容姿を褒められて鳥肌たったの初めてかもしれない。
寝起きの姿で何が相変わらず、だ。よだれが垂れてるかもしれない間抜けな姿を見せたのは家族以外では一人だけだった。

「…また、視力が低下したんですね写輪眼の使いすぎです。新しく里に出来た良い眼科を紹介しましょう」
「戦も無いのに悪くなるか。それに、この眼が光を失うことはない…永遠にな」

二つの朱が基本巴から直巴の紋様に変わる。ピクリとも動かなくなる自分のものと思えなくなった身体と、幻術返しも出来ぬ力強いチャクラに困惑していたら、そっと大きな手が近づく。

「いや」だとか「やめて」とか、そんな感情が出るよりもマダラがとても憐れで可哀相な人に思えた。

「好いてもない女に、無理して構わなくていいのに」

帯を解く手が止まる。だらしなく中途半端に暴かれた自分の胸元すらどうでもよくて思考は冷めきっていた。

「何度も言っているだろ。これはオレの意思だ」

ドスの利かせた声で夜這いする奴がいるか。

「嘘、あなたは私に興味ない」
「違う」
「もういいから。イズナのことは無念だったけれど、貴方が弟の色恋まで首突っ込まなくていい!」

ひそかに溜めていたチャクラを一気に荒立たせて幻術の支配から逃れようとする。案の定、マダラと実力の差が大きすぎて失敗に終わった。

印を結ぼうとした手は腕を掴まれる。しまった。いかがわしい雰囲気に流されるものかと身構えても、いっこうにそのような気配すらならなくて私以上に困惑していたマダラに、拍子抜けてしまった。

「なんなのよ」
「イヤ…本当に、イズナからはお前について何も言われていない」

張合いどころか大事なものまで抜け落ちそうな話に、耳を疑った。

「オレはこの眼と共に一族の行く末を託されたが、ナマエの名を指してイズナから何かを言われたことは一度もない」

一度も、ない。
そんなはずは…あの人が私を無視するのはありえない。強調されて諭されても信用できなくてマダラに聞き返した。

「イズナが、私のこと何も言わなかったの?」
「あいつは…ああ見えて身内でも悋気を持つ奴だ」

小さく笑って懐かしむその表情がとても似ていた。拘束されていた腕は、ゆっくりマダラの指が離れる。痕が残りそうなぐらい強く捕まれていたが、皮膚の赤みも何も残っていなかった。

「じゃあ、どうして」
「お前達があまりにも幸せそうだったから…」


胸にすとんと落ちた気分。
マダラの言いたいことや今までの奇行が納得できた。男が女に妻問うのを奇行と呼ぶ私も大概だけれど、案の定、彼は私を好いていないのだから妥当な言い回しだろう。

やんわりマダラを押し返してはだけた襟元を直す。あれだけ重たくのし掛かっていたのに軽い子供みたいに簡単に退かせられた。
子供…ああ、そうだった。
私も子供の頃は親が美味しそうに飲む酒や兄弟が面白そうに遊ぶ玩具がこの上なく素晴らしいものだと信じていた。姉が持っている人形が羨ましくて同じものが欲しいと親にせがんだことがある。正月に私もお酒も飲んでみたいと頼んだら甘酒を渡されたっけ。


「ねえマダラ様」

眼力だけで人を殺せそうな視線が刺さった時、一瞬だけ酷い言葉が浮かんでしまった。お前が死ねば良かったのに。

「私、強くてカッコいい人と結婚するのが夢だったんです」

あれだけせがんだ人形は大人になる前に飽きて捨てた。姉の遺品だった。大人になって飲めたお酒はこんなものかと気落ちした。両親とも戦死していたから一人で飲んだ。
私が夢に見てた結婚したい人は忍界中を探しても見つからないだろう。朝になったらマダラもきっと理解する。あの人がいない世界で私達が幸せになれる道はないのだから。


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