戦のない平和な一時。修行したり術の開発に勤しんだりしていたら、影が短く太陽が真上に来ていた。そろそろ昼か。
「どうして貴様が此処にいるのだ」
ここ数日で覚えてしまった女のチャクラを感じ、詰め寄る。
「…何を煮込んでいる」
「縄」
縄……縄って煮込むものだったか。
昼時に厨房へ赴けばうちはナマエが熱心に釜戸と面していたので気になり声をかけたら変なものを煮込んでいた。
「麻縄ってそのままだと使い難いんです。硬いしトゲもあるし…わたしが痛いのは歓迎なんですけど、扉間殿の手にトゲが刺さったら嫌でしょう?」
何故、オレが使用する流れになっているのだ。トゲが刺さるより麻縄を使うこと自体が嫌なんだが。そもそも縄を何に使うつもりだ。予想はつくが聞きたくない。したくない。
「煮込んで柔らかくしてるんです…ふふっ」
ナマエは花嫁修行する娘みたいに微笑む。鍋の中身が食材であったら可愛らしいのに、どうして中身がこんなにも残念なのか。
「ああ…その可哀相なものを見る視線、いいですね」
「自覚があるなら慎んだらどうだ」
「自覚?」
「忍としての力量も女としての器量もいいのだ、もっと慎んだ振る舞い方をすればーーっ!」
菜箸が目の真横を飛んできた。後ろの壁に刺さった箸の深さ、こめかみを過ったときの感触から風遁のチャクラを感知する。一瞬の隙をついた投擲技術と精密なコントロールに彼女の力量を計り知れないほど思う。これほどの強敵ならもっと幼い頃から名前を聞いていてもおかしくないのに性格のせいで今日まで存在を知らなかった。知りたくなかった。
「褒めてんじゃねーよ…語彙力の限りを尽くしわたしを貶せよ」
オレ、怒らせること言ったか?
殺気と箸を飛ばされて写輪眼向けられるようなセリフを言ったか?
扉間は普段、兄からそのような言い方はよさぬかと咎められる立場である。しかし今回は性質が違い過ぎて自分の立場がわからなくなった。
厨房を捕虜に占領されていたので千手兄弟は昼飯抜きになったらしい。理不尽過ぎるぞ。午後はナマエによって溜まり始めていた行き場のない鬱憤を晴らすため、それはもう久方ぶりに修行に打ち込めた。兄者や手練た同胞達が引くほどやりこんだ。
微かな焦げ臭さと不思議な香りが漂っていた。不規則な灯りがゆらゆらうごめいていて、ボヤ騒ぎではないだろうが無視はできなく声をかける。
相手がうちはナマエのため、数分後のオレは無視すればよかったと後悔することになるだろう。昼間から学んでない己の愚行に悲しくなった。
「一応聞こう。夜中に何をしている」
ナマエは指に縄を絡ませて器用に遊んでいた。
昼間の話しとこやつの性癖からして拘束するために縛ると思っていたので、指先をくるくる引っ掻けて編み物をするような仕草に疑問を抱く。忍具の仕込みでもなさそうだ。
「パサつきが酷いので整えているんです」
何の話しかわからず近寄れば、ナマエは唇を尖らせて寅の印を片手で結ぶ。戦場で嫌ほど味わったうちは一族の火遁に身体に染み付いた反射運動で、慌てて距離を取った。彼女はそういうつもりでないと困った顔して、床に置いていた瓶を扉間に見せつける。
「それは…香油か?」
「柱間殿に椿油をいただきました。これでプレイ用の縄が作れますよ」
「…作らんでいい」
「麻縄ってトゲやささくれが酷いでしょう」
「貴様の思考回路が酷い」
「火遁で炙って椿油を馴染ませていたんです」
行灯に点すぐらい小さな火遁をフッと出す。それで縄を炙って整えていたらしく、焦げた臭いがしていた。プレイ用の縄の作り方という今までの忍人生で最も要らぬ知識が身に付いてしまった。
「完成したらわたしを縛ってくださいね」
やはりそう使うのか。
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