人影がちらりと見えたので、こっそりそちらへ顔をだして様子を窺った。わたしの他にこの集落に人が居ることに驚いた。わたしか土地が気になったて戻ってきたのか、それとも他に頼れる者がいなく死を選んだのか。どちらにしてもほっておけない。今のわたしに私財なんて持っていないけれど、かつて家族から貰った簪や首飾りなら身に付けている。どれも高価なものだからここで焼けてしまうより同族が生き残るために使われた方がいいだろう。

「ねえ貴方…」
「…ナマエか」

 最悪だ。
 なんで死ぬ前にこんな奴の顔を見なきゃ行けないんだ。戦場で散った兄たちも最期に見た顔があれだったかもしれない。ああ死神かな、鎌持っているし。

「奥に逃げても無駄だ。もう火の手は回っている」
「死んでよ」

 一緒に燃える予定だった簪を髪から抜いて、男にめがけて投げてみた。その忌々しい血のように赤い眼にぶっ刺さってくれればもうけ物だ。わたしの投擲で彼の眼に本気で刺さるとは思ってもなく、現に容易く受け取られた。

「こんなものでオレは殺れない」
「知ってるわ」
「…だったら何故投げた」
「燃えてしまうのもったいないから」

 それあげる。そう言おうと思ったけれど、こんな男に贈り物をするのはどうなのか。そんな考えが頭を過る。あの簪をはじめ、身に付けているもの、わたし自身の血肉は彼らが殺した家族によっておくられたものなのだ。さきほどの情けない投擲のように忍の才能がない穀潰しなわたしを、家族は優しく養ってくれた。親が死んでも兄が、兄が戦死しても弟が。わたしを守ってくれた存在は全て目の前の男の一族によって亡ぼされた。我が家も火により滅亡されかけている。
 本当に死神のような彼に贈り物なんてしたくない。ましてや家族がくれたお気に入りの簪を誰がくれてやるか。

「その簪を返してください」
「投げたお前が言うか?どうせ燃えるものだ、オレが貰う」

 返してって言ったのに懐に仕舞おうとした。がめつい奴め。
 うちは一族の族長様ならそれぐらいの簪はたくさん買えるでしょうに。請け負う戦の規模も報酬もまったく違うのだから。自分で買ってください、髪が長いのですからたくさん飾れますよ。

「お気に入りのだから返してください」
「断る」
「お願いします返してください」
「…解った」

 煙たくて涙目になっていたのが効果的だったのかわからないけれど、すんなり承諾してくれた。

「受け取りにこちらに来い」
「それは嫌ですから、投げ返してください」
「いいだろう」
「あっ!やっぱり投げないでください、受け取ります!受け取りますから」

 忍でないわたしでもわかるわざとらしい構えをした。こんな投げ方したら受け取るどころか刺さるわ。簪でもこの男が投げるなら手のひらぐらい貫通しそうだ。

 恐る恐る近寄って簪を受け取ろうとした。なるべく体を近寄せないように、片腕を伸ばして男の手の中にあった簪を掴んだ。そうしたら、男は反対の手でわたしの手首を掴みおもいっきり引いた。転びそうになった。

「あのー、うちはの族長さん?」
「なんだ」
「腕を離してもらえますか」
「…やはり、燃えてしまうのならば貰っていいだろう」

 そんなに簪が欲しかったのならあげますわ。お気に入りのですが力じゃ敵わないのであげます。だから腕を離して。

「ナマエ、お前も貰うぞ」
「その答え…腕の力加減で予想してたわ。嫌だよ離してよ」
「離さん」
「引っ張らないでよ」
「焼死は苦しいぞ」

 そんなこと経験してなくても知ってる。女が見るものじゃないと死体からは遠ざけられていたけれど、火傷して負傷した同族は見かけたことがある。痛々しい包帯姿は一目で苦しいとわかった。
 それでも、家族を殺めた男に知らぬ土地へ連れていかれるより生まれ育ったこの家で死ぬ方が何倍もましだ。「広い部屋を用意してやる」「うちはの集落は此処より空気が美味いぞ」などと営業を始めたがちっとも心引かれない。そもそも火災中の我が家より空気が美味しいのは当たり前だし、彼が営業をする顔じゃない。こんな眼の赤く殺気立つ訪問販売で誰が買うか。押し売りの死神じゃないか。

「やめてください、わたしは此処で死ぬんです」
「死なせるものか」
「死なせてよ!あ、コラどこ触ってるんですか手を離せ」
「うちはの集落にこい。いいものを食わせてやる……そうすればこの膨らみももう少し大きく」
「し、失礼な!胸揉むな!」

 腕を振り払おうと暴れているのに、ずるずる外へ連れていかれる。本来の玄関は火で塞がれていたので彼が物理的に作った。壁に大穴が開き、風通しがよくなったのか家を蝕む炎がいっそう大きくなった。ここまで大きく燃えると自棄になって清々しい気分になるってもんだ。
 外に出されると彼を捜していた数人の忍が駆け寄った。おかしいなあ、自分の家の前にいたら以前なら近所のお婆ちゃんが挨拶でもしてくれたのに。女でも敷居を跨げば七人の敵あり、どころか見渡す限り敵しかいない。これが負け犬の末路。

 惨めな気持ちでこれからを憂いていたら彼の敵手が話しかけた。わたしは何者か。
 残党です。貴殿方と戦い無惨に、こてんぱんに殺られた一族の……お荷物かな。わたしが答える前に彼か答えた。

「戦利品だ」
「品物扱いやめてくれます?」
「姫扱いが望みか、傲慢な女め……いいだろう。存分に可愛がってやる」

 暴れないよう縄で拘束する姫扱いとか聞いたことない。


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