「何よこの術……千手の罠!?」

 あと一月もすれば年末年始と忙しい時期になってしまう。年明けに一段落ついたとしても直ぐに2月の決算から年度末がやってくる。今しか時間は無いだろう。そう思って気になるが読むことの出来なかった本の数々を読み更けたり、仕事で多忙な男の独り暮らしの割りには清潔に保たれた部屋を改装してみたり、恋人は居ないが独りの時間を楽しんでいた。

 そして急に現れた謎の女。

 黒い装束に土足でオレの部屋に現れたのだ。刀を携え、眼は赤く黒の紋様が浮かんでいる。
 オレの顔を見るなり親友の仇だと言い出し襲いかかり、刀を頸に突きつけ何か考え事をし「抵抗しないし持ち帰って手柄にしよう!」と何処からか取り出した縄でオレを拘束した。まだプロローグしか読めていない本に手裏剣が刺さり床に固定されている。……手裏剣?
 女は見渡した後、刀を鞘に納めリビングの窓を開けバルコニーへ出た。そして迷うことなく手すりから身を乗り出した。飛び降りるつもりか。

「待て!」
「うるさいな…黙っててよ。仲間呼ぶだけだから」
「此所が何階だと思って――」

 オレの制止も虚しく闇夜に消えるように女は飛び降りた。開いている窓から冷たい風が入り、カーテンが翻る。………このマンションも事故物件か。若い女が自殺した場所では後追いのように自殺希望者が集まるらしい。これで此所が自殺の名所になってしまったらどうすればいいのだ。兄者の住む実家からは通勤時間が倍以上に増える。オレは縄で拘束されたままだ。この時間では人通りが少なく死体発見に時間がかかるだろう。通報を受け周辺調査をする警察がオレを見つけるまでこの状態か。そして善良市民のオレが警察の事情聴取を受けることになるのか。聴取で仕事に支障がなければいいが。

 ものの数十秒で「ねえねえ!"千手扉間"!」女は無傷で帰ってきた。あの高さから飛び降り生きてたのか…。

「……オレの名前を」
「箱が走ってた!すっごい速さで車輪つけてて中に人がっ何あれっ!?衝突するかと思ったわ!千手の新兵器!?」

 眼を赤く光らせオレを揺さぶった。自動車のことを言っているのか。このマンションは信号もない小さな交差点を過ぎれば片道三車線の計六車線の大通りに出る。夜だろうと通行量が多いあの道を道路交通法無視したら運転手のほうが驚くわ。
 呆れているオレを紋様の浮かぶ真っ赤な瞳で見つめながら「幻術で聞き出し…いや!でも幻術返しされたら!わたし幻術あんまり自信ないし……うーん」ぶつぶつと呟き出した。幻術とはなんだ。この女の存在がオレの幻覚なのか。幻覚にしては縄が手首に食い込み痛みを伴う。

「っていうか此所何処よ、うちは一族全然見当たらないし」
「うちは…マダラの知り合いか?」
「知り合いっていうか…彼の弟子よ」

 この冗談の塊の女、うちはマダラが絡んでいたのか。兄者の親友であり何故か弟イズナと共にオレを敵視する奴の事だ…悪ふざけで忍者女を送ってきた可能性もゼロではない。彼等は常識人に見えて浮世離れしているからな。今時趣味が鷹狩りのマダラなら忍者ごっこをする女の知り合いぐらい居るだろう。兄者以外にも友達居たのか…マダラよ。女はうちはナマエと名乗った。

「解った。ナマエ、マダラに連絡してやるから縄を解け」
「嫌よ…でもマダラ様は呼んで」
「なら机の上にある携帯を取ってくれ」
「けーたい?」

 机の上には飲みかけのマグカップと端末機しか置かれていない。「何よこの板」きっと彼女はガラケー使いなのだ。使い方の説明をしてやった瞬間に、また何処からか取り出したクナイで画面を刺した。……クナイ?

「おい……何して」
「だって急に光り出すし、罠?新種の起爆札?」

 ナマエは今秋買ったばかりの新機種をクナイで貫通させた。

「……いい加減にしてくれ」
「それは此方の台詞よ。千手の集落?って変なものばかりで気味が悪い」

 刀先を顔面まで持っていき脅す。女一人に殺られる情けない男と言わないでくれ、このナマエは男より強い。高いところから飛び降りても無傷なんだぞ。一体どんな作りをしているのだ。訳のわからぬまま一生を終えるかと思いきや刀先は縄を裂いて、拘束が解かれた。そしてクナイ貫通の新感覚な機種が投げられる。

「ほら、縄解いたんだからマダラ様呼んでよ……気味悪いから帰りたい」
「貴様が壊したせいで使えん。固定電話を使うぞ」
「でんわ?いいよ?」

 マダラの携帯番号は覚えてないが家の方なら覚えている。奴は実家暮らしだったはず。うちはナマエは警戒したまま、刀先を頸に当て続け固定電話に向かうオレについていった。まるで人質だ。
 受話器をとり、うちは家の番号を順番に押す。こんな夜に出てくれるか不安だったが数回のコールでガチャリと繋がった音がした。「千手扉間です。うちはマダラに変わってくたさい」「オレがマダラだ」幼い頃からイズナか他の家の者しか出ないのに珍しい。そしてオレの名で明らかに不機嫌な声色にかわった。

「なんだ扉間か?こんな夜更けにどうした」

「マダラ…落ち着いて聞いてくれ」
「柱間に何かあったのか!?」

 急に大声を上げ受話器から漏れた音に背後のナマエが反応する。マダラ様の声だ!後でわたしもそれ使いたい!と呑気な口振りで話し、斬れぬ力で刀先でオレをつつく。固定電話を玩具だと思っているらしい。

「兄者は関係ない」
「なら何の用だ」

「うちはナマエと名乗る忍者の女が突如オレの部屋に現れ人質なってしまった」


 暫しの沈黙後、マダラから「仕事のし過ぎだ、もう寝ろ」と吐き捨てられ一方的に通話を切られた。これは夢なのか。夢であってくれ。


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