以前、請け負った戦で簡単に城を落とせたとき。その赫赫たる勝利に気前よくした大名が、一族皆を呼び宴会を催してくださった。当然忍の性から用心し、武装して向かったものの並んでいたのは華やかな踊り子に豪勢な夕餉。
 年の近い街の女性と交流のなかったわたしはその夜は舞妓さんと話し込んでいた。わたしより年下の彼女はそりゃあもう女を極めた美しい乙女であって、男達に混じって戦を駆ける自分とは何もかも違っていた。ただただ羨望する。
 彼女のような女性であったら自信満々で好きな人に想いを伝えられるのになあと愚痴を溢したら『無言参り』の話をしてくれた。酒が入ってほとんどうろ覚えであるが、彼女の住まう街ではある祭の日に家から御旅所まで無言で七回参りをすれば願いが叶う、言い伝えがあるそうだ。『無言参り』と聞き「無言でお礼参りね、でも戦場で何も言わず無断行動をしたら隊が崩れるわ」とか真っ先に答えてしまったわたしの悲しいこと。舞妓さんも「勇ましい」と苦笑いだった。

 とにかく、一族の集落に戻り、酒が抜け彼女の話を思い出したわたしは実践してみようと思ったのだ。とりあえず夜に七回、無言で家から御旅所にお参りすればいい。此処うちはの南賀ノ神社には神の泊まる御旅所がどこら辺にあるのか一族のわたしでもわからなかったので適当に石碑を拝めばいいかなとやることにした。あれは六道仙人が書き残した重要な石碑だと親が教えてくれた。きっと、忍の神がわたしの願事を叶えてくれるだろう。たぶん。そんなこんなで日夜続けて無言参りをしていた。



「ナマエ」

 馴染んだ声が自分の名を呼ぶ。

 六回目の参りの夜。うちはマダラに呼び止められた。他でもない想い人、好きな男に呼び止められてしまったのだ。
 彼と話すのはいつ以来だろう。幼い頃は毎日のように関わっていたけれどここ数年は戦の打ち合わせや時間が空き顔合わせた時世話話をする、それぐらいしか話したことなかった。だからこそこんな神頼みなことやっているのだけれど。

 一言も喋ってはいけない。何も話さず、その言葉に忠実に無視して先に進もうとしたら肩を捕まれ顔を合わせされる。

「ここ数日、夜間に何をこそこそしているんだ」

 察してほしい……のは無理な要望なんだろう。

 マダラのその眼は、黒い瞳なのに、疑念と警戒を持った視線は戦場での写輪眼と変わらぬ鋭さであった。睨まれ尻込む。何を隠している、裏切りは許さない、そんなふうに凄まれた。
 マダラに疑いをかけられては元も子もない。なんでこんな男を好きになってしまったのか後悔しつつ訳を話す。わたしとマダラの相性は最悪だと思う。本当に、何故彼を好きになってしまったんだ。

「無言参りよ」
「復讐か、どの一族だ?単独じゃ千手は討てんぞ。勝手な真似はするな」
「違うよ!……ってマダラも同じかぁ。やっぱりそう考えちゃうよねー…無言参り」

 誰にも言わずに敵討ち…お礼参りに来たぜ…そう考えてしまうのはわたしだけでなくて安堵した。そうよね、忍ならそれが先に思い付く。一人自己解決するわたしにマダラは何の話かわからず晦渋な表情をした。ああ、そうだった。訳を話さないと。

「えーっとね、無言参りってのは七回、毎晩?一晩でだっけ?わたしは毎晩やってるけど……、誰とも話さず神社にお参りしたら願いが叶うっていう…噂じゃなくて迷信、言い伝えで」

 舞妓さんから聞いた言葉を思い返す。

 ずいぶんと酔っていた記憶を辿りに彼女の話を返してみても何を言っているのか自分でもわからない話になっていた。こんな曖昧模糊な事を己はやっていたのかと不安を覚える。思い立ったら考えもなしに行動を起こす性格は直るものなら直したい。しっかり彼女の話を聞いておけばよかった。後悔しても遅い。

 宴会で得た情報をたどたどしくもマダラに全て伝えた。中途で話が脱線して舞妓さんが良い匂いがしたとかどうでもいいことも話した。こんなふうに戦と無関係な話をマダラとするのはとても久しぶりだった。

「なんかわたし一人で喋ってるわね」
「オレが聞いたのだからいい」
「もう無言じゃないけど」
「……事情を知らず話しかけたりしてすまなかった」

 開いていたマダラの眼が浅くふせる。『願いが叶う』。舞妓さんとの会話の内容からどんな願いが勘のいいマダラなら気づいてしまったのだろう。好きな相手はまだばれていない。

「恋路か」
「うん、想いを伝える前のお参りって感じかな。告白する勇気なんて無いんだけど」
「……そうか」

 一度眼を軽く伏せたマダラが視線を合わせる。

「言うだけ言ってみたらどうだ」
「嫌だよ、フられたら傷つくし」
「そうしたらオレが慰めてやる」
「振られる前提!?」

 酷い男だ。そこは、そんなこと無いよって自信をつける言葉をかけてから慰めてやるからって言うもんじゃないのか。告白する相手に勇気づけられるのも可笑しな話であるが、きっとこれ以上無い自信になる。
 いいや、言葉なんていらない。マダラが気の効いた言葉をかけてくれるだけでもありがたい。わたしの知っていた幼いマダラであれば明日からその事でからかい続けるだろう。夜分遅くまで出歩くことも酒も飲むこともできる。
 わたし達は大人になった。それが寂しくて仕方がない。


「いや…そうじゃなくてだな、ナマエはオレが……惚れた女なんだ。もしフラれても同胞ならオレが粛清してやるから。他族の男なら殺してやる」

 マダラは物悲しそうに物騒なことを言った。

 あの戦いにしか眼を向けない男が、こんな女として見られているかもわからなかった幼馴染みを想ってくれる日は来ないと思っていた。
 思っていたのに、彼は惚れていると言ってくれた。こんなわたしを。

「…好きなの…わたしのこと」
「悪いか」

 悪くない、悪いわけがない。夢じゃないだろうか。眼を泳がすマダラに気づかれぬよう自身の手の甲をつねった。痛かった。現実なんだ。

 現実のマダラを見つめる。しかしマダラは全然視線を合わせてくれなかった。こんな厳つい顔して、あの実力を持って、あんな気難しい性格なのに恋愛事に関してはこうも疎いのか。言うだけ言って眼も合わせてくれないうちはの頭領様に呆れる一方で可愛いと思い始める末期的病状になる。わたしは、この男が好きなのだ。何故好きになったのか理由なんてとうに忘れてしまった。

「マダラ、ちょっと物騒ね」
「……本当は誰にも渡したくないからな」

 赤い顔のマダラに釣られ自分も顔に熱が集まる。今更ながらに羞恥にかられた。熱い告白された後はどうすればいいのか。付き合い方なんて知らない。恋が成就した先なんて何も考えていなく、そして思い付かなかった。今宵は駄目、明日、冷静なってマダラに会ったほうがいい。家でゆっくり考えたい。

「もう夜遅いし……じゃあ明日ね!」


 直立不動のマダラを置いて家に帰る。帰道の星空が祝福するように迎えてくれる。明日の朝はどんな顔してマダラに会おうかしら。

 そこでやっと返事をしていないことに気づいたわたしは、明日の朝一番に返事をしようと夜道に誓った。



「駄目じゃないか兄さん、そこは夜分遅いからって家まで送るところだよ!」
「イズナ……いつから見ていた…」

 返事貰えなかった。


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