「すみません…ただいまシングルの空き部屋はなくて」
「ほらね!だから早く出発しましょうってボク言ったじゃないですか!」

 それみたことかと責を押しつけてくるトビ。わたしが髪手入れに時間がかかり出発が遅れたことが原因なんだけど。

「トビだって寄り道しまくってたじゃん!それに早く出発したって予約しないと部屋なかったんじゃないの!?ねえ、お姉さん」
「はいっ…」

 急に話をふられフロントのお姉さんが驚いた顔をした。

 明らかに一般人ではない容貌に、忍の証である額宛も各里の装束も着ていない表の人ではない雰囲気で。かたや謎の仮面を被ってあんなノリで。わたしがお姉さんだったらまともな接客はできないだろう。そう思うとひきつりながらも絶えることない彼女の営業スマイルには感心するしかない。

 こんな怪しい客のために、予約状況や連係している宿泊所の空き部屋を調べる彼女は受付の鑑だと思う。リーダーに頼んで、今後暁はこの宿を推奨してもらおう。

「連休のシーズンですからね…どこも混みあっていまして。ダブルでしたら空きが一つあります」

 ダブルか…。ツインだったらトビをベッドごと時空間に押し込んでやるんだけど、ダブルじゃちょっとね。

「……わたしも連休ほしいなあ」
「この任務か終わったら休めますって」

 どこも混みあうらしいこの時期は別の宿を探し回ってもシングル二つが空いてあるとは限らない。トビはそのダブルの部屋を頼んだ。結構お徳で、この間泊まったシングルより安い。ダブルベッドに二人分のアメニティをトビ一人が使うのか、いいなあ。質の悪い宿しか空いてなかったら交換してくれないかな…ないな。

「じゃあわたしは別の宿を探すね。見つかったら後で連絡するよ」

 フロントのお姉さんに、その連係している宿泊所を調べてもらおうとしたら。

「うっ…!」

 この空気、この鋭敏な視線、緊張感。

「待てナマエ」

 この低い声はトビじゃない。
 急に威圧的な声に変わりフロントのお姉さんが困惑している。鉄壁の営業スマイルも崩れかけていた。マダラ様だ。我が組織の黒幕様が覚醒?しなさった。心臓に悪いから急にこうなるのはやめてほしい。

 ガシッ、肩を強く掴まれ向きを変えるような力が加われる。そちらを向けってことですね、マダラ様。相変わらずなお人で。

「何でしょうか……」
「オレは一緒の部屋で構わない。ナマエも今から宿を探すのは疲れるんじゃないか?」

 あらー…マダラ様ったら部下にお優しい慈悲深いことで…。わたしが構いまくるよ。何でよ。ダブルベッド独占すればいいじゃん。誰がアンタと同じ部屋で寝泊まりするかよ!

「わたしは大丈夫ですよー…費用も自分で負担しますんで、じゃあっ!」

 肩を振り切って外へ向かう。

 最悪、宿が見つからなければ予約している一般人を幻術にはめたり成りすましたり襲った…わたしも一応忍だ、いくらでも方法はある。明日の早朝にマダラ様が泊まるこの屋度に伺えば任務に支障もないはず。
 良心が残っていたら野宿になるかもしれないが、そんな心は数日のトビに付き合っていたら燃え尽きた。どうせやるならもっといい旅館の利用者を陥れてやろう。ついでにフルコースもいただこうかしら。

 そんなわたしの邪心を見抜いてか、マダラ様の眼が赤く光り、今度は手首を掴んだ。手袋で覆われた手で掴まれる感触に背筋が凍る。後始末もしっかりしてあなた様には面倒かけないので放っておいてほしい。

「オレと親睦も深められるぞ」

 だから何でダブルを推すんだこの人は。

「マダラ様とわたしの仲ではないですか。すでに十分深いかと」
「なら同じ部屋で構わんな」
「いや」

 それとこれとは違うでしょうマダラ様……何で同じ部屋に拘るのよ。小娘だとからかっているのか。それとも監視目的?そんなに信用されてないの?ちくしょう。

 腕を引き寄せられ、不穏な空気が漂っていた空間が歪みはじめる。渦を巻き引っ張られる歪みの感覚ははじめてではなかった。こ、こいつ…わたしを吸い込むつもりだな!?こんな場所で時空間忍術使うなよ、人前なのに。ふざけるのはダッセー仮面だけにしてよ!

 瞬身で避ける間もなく吸い込まれあの視界が場所に変わっていた。次に吐き出されるときはダブルベッドの上か…嫌だな。



「さて、親睦を深めるとしようか」
「ババ抜きでいいですか?」
「いいだろう」

 いいのかよ。あ、トランプ持ってない。


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