深く眠れず怠い身体、隣で安らかに眠る女が一人。祝宴の後に同じ床についたことを思い返す。とある事情で至らなかった昨夜を思い出しながら酒と疲労で重たい身体を上げる。白無垢よりずっと幼く見える女、うちはナマエは赤子のように弛んだ表情で眠っていた。千手とうちはが結ばれる日が来るなど誰が思っただろうか。

 手を繋いで眠るだけという子供染みた行為も、文字通りただ同じ布団で寝るものに変わっていたのだろう。名残惜しそうにオレの裾を小さな手で握っていた。今まで見てきた忍の女とは違う、警戒心の欠片もない姿に柄にもなく愛らしいと感じた。

 そして、少し開いた襖から注ぐ殺気と視線に恐怖を感じた。

 ナマエの兄、うちはマダラが万華鏡写輪眼全開で血涙を流しながらオレを睨んでいた。昨夜と同じように紅い瞳が、妹に手を出すな、と語っている。朝っぱらから怪談を催すのはやめてくれ。



 長きに続いた千手とうちはの戦も、兄者がマダラを討ちようやく終止符がうたれる。そう思った矢先に、手出しは許さんとマダラに交渉を持ちかける兄者。劣勢の戦に一族を無理に率いて弟の弔い合戦に挑むマダラに、感情を抜いた冷静な判断は出来ん。無茶苦茶な条件を叩きつけられ、オレを、そして千手とうちは両一族を守るために、その条件を呑もうとした兄者に間一髪の第三選択肢。

「扉間がうちはに婿入りするなら、お前は死ななくていい」

 兄者、オレはもちろん周囲に居た千手一族、そしてうちは一族も困惑と驚きに駆られた。あの混沌とした状況を後に『どういうことだってばよ状態』と言うことになったのは別の話である。どいうことだ。そう問いかけたら、一刻前まで憎悪と血を巻き散らかし兄者と戦っていたマダラが情けない声色で語り始めた。

「オレもイズナも精一杯止めたんだ……しかし貴様の弟は卑劣にもオレの妹を誑かし一目惚れさせ!盲信させた!どうしてくれるんだ柱間ァ!」
「マダラ、ちと落ち着け」
「これが落ち着いていられるか!オレはこんな奴を義弟と呼びたくないぞォ!」

 目頭に涙が溜まり始めたマダラを、どうどう肩を軽く叩き、まるで子供を慰めるように兄者達は話を続けた。ちなみにこれらは全て戦場で行われた事実である。一刻前まで殺し合っていた相手である。
 そしてオレは、マダラの妹など知らん。妹が居たことすらこの瞬間まで知らなかったのだ。

「こんな可愛くない義弟などいらん…っ!」
「落ち着けマダラ。確かにお前の弟、イズナと比べれば扉間は男らしいが、アレはアレで可愛いところが……」
「柱間、眼は大丈夫か?今度うちは一族御用達の良い眼科を教えてやろう」
「むっ!扉間は可愛い弟ぞ!」

 お前達先程まで殺し合ってただろう。貴様ら戦場で井戸端会談始めるな。話はオレ含む一族皆を無視して進んで行く。

「うちはと千手は敵同士だ…!イズナを殺した男と訴えても一切話が通じず仕方なく幻術で眠らせておいたが……恋を貫き生きたいと、心中するしかないと言っている」
「実らぬ恋か…うぅ、まるで悲劇のヒロインではないか!」
「もし、オレが死にうちはが千手に降伏すればナマエの立場はどうなる?きっと見せしめと政略で無理矢理千手と婚姻され嫁入り先で肩身狭い思いをしながら小間使いのように過ごす日々が……そんな妹の人生、オレは絶対に認めん!アイツは幸せになるべきなんだ!」
「マダラは家族思いぞー!」

 噛み合っているようで互いに明後日の方向に向かっている会話であった。

 一つ一つ丁寧につっこみを入れるとするなら、オレはマダラの妹を知らないため心中という言葉は間違っている。正しくは無理心中か、自害になる…前者は恐ろしい。政略結婚はあるかもしれんが、この言葉は然り気無く千手に虐められると被害妄想が込められているのだ。争いを好まぬ兄者が居る以上、うちはを蔑ろにすることは難しいというのに。

「第一、ナマエが家から居なくなるなどあってはならん!なんの為に十で忍を引退させたんだ。延いては、と…扉間を…婿入りさせっ……グッ。仕方なく、オレの監視下に置くしかないんだ!ナマエの幸せの為に!」
「扉間!」

 感情が高ぶった兄者がオレの名を叫ぶ。監視下やうちはの家庭事情は置いておき、オレの婚約先を決められるだけで、不毛な戦が終わりマダラが大人しくなるなら、それで構わないと思った。しかし、オレはマダラ妹を知らなかった。

「すまない兄者、マダラの妹とは誰だ?オレは知らんぞ」

 堂々とした態度で聞いたのが不味かったのか。下手に出るつもりは毛頭なかったためいつも通りに問うたがマダラは「妹を誑かした癖に!」と怒り、兄者は兄者で「オレの弟……なかなかのたらしぞ!」と馴れ馴れしく接する。非常に煩わしい時間が続き、暫くして真面目になったマダラが説明をした。

 うちはナマエ、イズナより下の歳でそうとう可愛がられ育ったらしい。今では、マダラにとって唯一生き残った血の通った家族である。全くもって覚えのない情報であった。どんな人物かマダラは続いて答えた。

「そうだな……しいていうならオレの妹は、少し前はマカロンに、今はパンケーキにはまっていた」

 そこで気づいた。これは、千手とうちは以前の問題だ。絶対オレと合わんだろう。
 そもそも、その妹やらは、接点もないのに何故オレに惚れたんだ。オレが覚えていないだけなのか。いいや、うちはの者を全て把握している訳ではないが、マダラの妹など重要な立場の忍を忘れるわけがない。例え十歳で戦場から引いたとしてもだ。オレはその頃には合戦に駆り出されていた。

 空気を読まない兄者が「可愛らしい趣味だの」と穏やかに感想を言い、マダラが誇らしげに笑った。オレは一人、不穏な空気を感じたまま、千手とうちはは手を組み、式が行われたのだ。


苦悶


 話は戻り、祝宴後の朝。夜中に発するマダラの荒立ったチャクラと殺気で初夜どころではなかった。それ以前に接吻でややが出来ると思っているナマエはどうなっているんだ。いったいどんな教育をさせてきたんだ。純粋無垢過ぎて接しづらい。

 教育者の男は、家手伝いと一緒に朝食の準備をするナマエを眺めていた。妹を想う兄の微笑ましい姿なのに、どこか薄ら気持ちが悪く感じる。うちは一族の家族愛は強いと重々承知しているが、あのマダラが生き生きと、妹を笑み眺めている絵面と言ったら想像つくだろう。本日からこの空間で生活するのか…先が見えん。

 項垂れるオレに優しい女の声が注ぐ。

「あの…扉間様」
「どうした」
「朝食は和食か洋物、どちらがお好きですか?」
「……和食で頼む」

 正直に言えば、何も要らない。

 手を結んだといっても宿敵であった男の住まいで飯を摂る気にはならない。できれば職場で済ましたい。一族のわだかまりは抑えようにも、ナマエに話しかけられた途端、殺気を放つコヤツとはわかり合える気にもならん。マダラめ、写輪眼仕舞え。

「ナマエ、扉間ごときに様などつけるな。居候身分に敬称はいらん」

 此方も好きで居候しておらんわ。そう言えたらどんなに楽か。マダラ相手なら皮肉の一つ言えたが、非の無いナマエも居る場でそのようなことは言えぬ。そもそも居候ではなく同居だろう。そのうち不満が溜まり胃に穴が飽きそうだ。今後は胃薬を常備しよう。

「ではなんて呼べばいいの…」
「ナマエの好きに呼べばいい。なぁ扉間?ナマエの頼みだ確りと承けとれ」

「ええっと、じゃあ…

 …ア ナ タ?」

「グハッ」

 顔を赤らめながら片手で覆うように恥じる姿のナマエに、自爆したマダラが吐血した。そのままくたばってくれればいいが、ものの数秒で復活し万華鏡写輪眼で睨み付け、オレに向かって戦場と変わらぬ殺気を放つ。子供の頃から忍の本質を理解し、それを守ってきたつもりだったが本気で心が折れそうだ。ナマエはともかく、マダラと同居は忍び耐えられん。いっそ同盟や里のことを忘れ遠くに逃げたい。

 何も知らぬナマエは口元が血塗れの兄を心配していた。


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