「ナマエちゃーん!」
「今日はボクと任務ですねー。ナマエちゃんと二人っきりなんて最高っス!」
「いい匂いしますねナマエちゃんって!ということで今日も一日一緒にいまーす」
当初の印象は何コイツうぜえ、であった。
陰気な組織に激しい主張をする橙の仮面と、あの性格は一際異質で。初めの頃はウザいウザいと跳ね返し、次にデイダラと同じようにツッコミを入れるようになった。その仮面付けて人の匂いがわかるのか。つうか嗅ぐな変態。すり寄るトビに蹴りや拳を入れ……ようとしたけれど、避けられたりすり抜けられたりした。
「ああ……ホント癒されるっス!ナマエちゃん、可愛いー」
いつから、だっただろうか。
この超絶ウザ仮面正体不明野郎を、アレ?可愛いような…と思い始めたのは。
少し前から、くねくねと身体を動かしセクハラ紛いのスキンシップを繰り返すこの男が、なんか可愛いと思い始めた。冷たく当たってもキレないし、明らかに悪意を込めた罵倒も「酷いっス!ナマエちゃんのいけずー」と言い、また寄ってくるのだ。普通、組織内の他の人に乱雑な対応をしたら殺しが始まってしまうのに。
なんで暁に居るんだろうって雰囲気に気が楽に感じた。実力を隠しているだけなんだろうけど、わたしが怖いなと思った人に対してはその何倍ものオーバーリアクションで恐怖を表したり。そのくせデイダラなどにちょっかい出して仕返しされたり。好戦的な人ばかりの中で真っ先に逃げ出したり。安心感、というより。
「なんなんだろうね……やっぱり、可愛い、みたいな」
「ねー、それって本人の前で言っちゃいます?」
「だってトビだし」
「ボクだって男ですよ!男が可愛いと言われて喜びますか!?」
男心がわかってないんだからー。ぐすん、と嘘泣きしながらトビは言った。男心ってなにさ。
「じゃあ、面白い?からかな?」
「面白いって…ボクより面白い人いっぱいいるじゃないですか。サソリさんなんて、中身もアレ実は人形なんっスよ。角都さんとか面白い身体してますし」
「そうじゃなくて……」
確かにあの人たちはある意味面白い、人たちなんだけど。っていうか人じゃない。
「じゃあトビって暁に入った理由、何?」
「世界の救世主になるためっスね!」
「ほら。そういうところが面白いの」
「ええー」
「寧ろ、ううん、やっぱり可愛いよ。そういうの」
他の人たちは金になる、殺戮が続けられる。誘われた人に興味や敵意を抱き入った者もいる。わたしもサソリのように、他のメンバーを見てみたいからと入った。適当に見えて結構アレな理由だ。普通の忍なら自分の実力では敵わない人ばかりの所に身を隠すなんて思わないだろう。下手すれば殺される危険だってあるのに。
それに比べ、トビのこの理由。本気か嘘かわからないけれど。面白い冗談を言ったりしちゃうこの性格が可愛い。ちょっと抜けてお馬鹿な子供への感情に似たなにかを思う。微笑ましい?とは違うけれど。憎めない何か、のような。そんな可愛さを感じるのだ。
「ボクはナマエちゃんのほうが可愛いと思うっス」
また言われた。巷で噂の女子力なんてモノはわたしにはないのに。今はもう抜けた里では、可愛いと言われる回数より怖いと影で言われた回数が多い人間なんだぞ。自覚もあるため、トビのこの発言にはいつも疑問に感じる。
「からかってるの?わたしが可愛いだなんて」
「本当にそう思ってますよー疑うなんてナマエちゃん酷い!」
「だって……じゃあどの辺が可愛いと思うのよ」
「そうっスね……」
トビは考える仕草を大袈裟にした。そういうところが可愛いと思えてしまっているのに。
やはり隠せない女の体格でものを言っているのかと、対等に扱ってもらえない性の違いに哀しく感じていたら、トビは案外早く口を開いた。口は仮面で隠れているので、なんとなくの雰囲気だけれど。
「なーんにも知らないところっスね。ナマエちゃんってボクのこと可愛いとか言ってますけど、ボクのことなんにも知らないんでしょ?それなのに、そんなことを言っちゃう軽率さが、可愛いかな」
いつもと同じ口調で、馬鹿にされた気分だ。
「ねぇそれってわたしのこと見下してるの?」
「見下すとかじゃなくて。くだらない思春期のような悩みで里抜けて、自ら居場所を捨てたと思ったら簡単に暁に入っちゃってさ、独りになったことなんてないんだよね。ナマエちゃんは。
若い女だからと贔屓されなんとかやってんのに、皆と張り合えてるとか勘違いして。」
「………トビ?」
「飛段は質の良い生け贄、サソリは傀儡の素材と見てるからナマエちゃんを贔屓してるのにね。デイダラは歳が近いから、お情けで構ってもらってんじゃない」
「トビ、怒るよ」
自分でも驚く程の低い声が出た。声だけじゃない、殺気だって。こんなにチャクラが荒立ったのは初めてだ。身体が落ち着かない。
里のことや、他の暁のメンバーのこと。確かにトビのいうとおりの節はある。しかし、それらの選択やわたしが進んだ道に悔恨はないし。修行だってして皆と肩並べ出来るように頑張っているのだ。トビだって知っているはず。
少し上を向いて失礼な語りをしたトビは、ゆっくりを顔を動かしわたしを見た。いつもと同じなのに、何処か別人のトビに思え、無意識に一歩退けていた。見た目は一緒だけれど知っているトビじゃない。
「まあ、そう怒らないでよナマエちゃん?今は無知で脆弱で愚かで馬鹿になるほど可愛くて仕方がないんだけど。ちゃんと、ボクが教えてあげるから」
いつか、ね。
仮面の穴から薄暗く見える紅に、可愛さはとっくに消え失せた。いつかとは言わず、一生教えてもらえなくて結構。
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