※現パロ


 歩きスマホが危険だと知ってはいるけれど、歩行者が少ない完備された道ならまあ大丈夫だと思った。自転車と歩行者の道が別れていて、車道とは頑丈なガードレールで仕切られている。飲食店やコンビニ、マンションの敷地が並ぶいわゆる都会から離れたベッドタウン。現在の時間帯は皆仕事か学校などでいなく、通行人は暇そうな老人や主婦が自転車道を時折通る程度。車道も空いていらっしゃる。朝や夕方は渋滞しているのになんとも不思議な光景だ。
 人がいないのだからといって常に画面を見ているなんて危険過ぎることはしない。歩きスマホそのものが危険だという言葉は置いておいて、一応ちらちらと画面から目を離して通行人や障害物を確認する。前方に長身の男性が見えたので右側に寄って、また画面を眺める。このクエスト、クリアできる気がしない……ああ、もちろんスマホでやっているのはゲームです。今イベント期間中でして。
 さてどうしたものかと、ゲームと格闘していたら遮られた景色。先ほどの長身の男性が目の前にいらっしゃいました。なんで。こっちは歩行者専用の、わたしから見て右側に寄ってる。とても寄っている。左側は十分に通れるスペースがあります。右側通行を守っているので車道側はあなたが通るべきでしょう。男性だし。もしトラックが突っ込んできてもガードレールと自転車道が守ってくれるのに。オレは人に道を譲らねえってか?上記のことを一瞬で思い、いらっとしながらも左に避ける。

 が、また男性に遮られた。なんなの、この人。

「リン……リンだ、間違いない!」
「はい?」
「ずっと探していた…もう、会えないかと思った」

 わたし、ナマエですけど人違いじゃありませんか?などと即座に言えるほど頭が回転しなかった。長身の男性はそれなりに整った顔立ちで、唇を震わせながら別人の名前を呟いた。わたしの両手で肩をがっしりと掴み、急接近してきたのでスマホの操作を誤ってクエストが勝手に進み、そしてゲームオーバー。もともとクリア出来ない雰囲気だったけれど腑に落ちない。
 肩を掴む手を退かせようにも、わたしのスマホを握りしめた両手の行動範囲を制限するがこどく接近していられる。恋人との運命の再会みたいな口調で会いたかったなどと申しております。わたしたち初対面なのにね。
 身なりもしっかりしていて、このような男性が痴漢セクハラ不審者系とは考えにくい。なにか勘違いをしているのでしょう。訂正しなくては。

「…あの、人違いです」
「何を言っているんだリン。オレを忘れてしまったのか?うちはオビトだ」
「……知りません」
「まさか、記憶が戻ってないのか?そうか…これがオレが戦争を起こした罰か。リンと再会出来たというのに、リンがオレを知らないなんてな」
「だから、わたしリンじゃありませ」

 言い終える前に、男性もというちはオビトさんは一層手の力を強くして続けた。

「リンであることすら否定するのか…!オレは!ずっとリンを思い続けていた…リンのいる世界を望み、リンのいる世界を創ろうと。この世界はあの頃よりずっと平和だ。だからこそ、この世界にもリンがいるはずなのだ。そして、お前がリンであることは間違いない!目を覚ませ…思い出してくれ…リン、オレだ。うちはオビトだ」

 後半高ぶって掠れたような声になっていた。泣きそうな苦しそうな表情で戦争うんぬんお前はリンだと、何の話しだ?どころか何を言ってるかわからない。理解不能な思考回路。

 あ、此れが俗にいうキチってやつか。なるほど本当に話がかみ合わないぞ。つうかこの人さっきからわたしの話を一切合切聞いておりません。肩を掴みリン、リンと呟いているだけです。鈴虫か。

 こんな人に本名名乗って身分証明見せるたくないけれど、これ以上関わりたくないので別人だと証明して早く去るのが吉か。財布の中にある保険証を提示すべきか。どう動くか迷っていると男性うちはオビトさんは泣き出しそうな顔をして抱きしめてきた。これはいけない、完璧なセクハラである。

「ちょっと、なにするんですか!」
「リン…」
「離してください!通報しますよ!?」
「何故そんなことを言うんだ」

 それわたしの台詞。うちはオビトさんはどうして抱きしめたら駄目なのかわかっていないご様子で、わたしが本気で抵抗したら渋々解放してくれた。離れた手で鞄にスマホをしまい、財布から保険証を出す。他人に個人情報を教えたくないけれど、さっさと提示して去ればよかった。うちはオビトさんはわたしの手から保険証を奪い、まじまじと眺めた。

「ナマエ……?」
「ね?ほら、わたしリンさんじゃなくて別人ですって」
「……」
「えっと、間違いは誰にでもあるっていうか、気にしてないので…それでは」

 さようなら。保険証を返却を求めて道を進もうとした。うちはオビトさんの事情は知らないけれど、きっとリンという人物は彼にとってとても重要なお人だったのだろう。かなり取り乱していたようなので、謝罪とか要らないからさっさと去りたい関わりたくない。事情を聞く気もないので、わたしたちの関係はこれにて終了!いやぁ、凄いお人に会ってしまいましたね。機会があったら友人に話そう。

 で、なんで、うちはオビトさんはわたしの保険証を自分のポケットにしまったのかな?

「保険証、返してください」
「たとえ名前が違っていようと、お前はリンだ。こんなもの不要だろう?オレが預かっておく」
「必要ですから!返して!」
「自覚がなくともお前はナマエではない、リンだ。オレのことをずっと見ていてくれた、ミナト班ののはらリンだ」
「だからリンじゃなくて」

 うちはオビトさんは深くため息をついた。なんなのこの人。なんで、こんな人に保険証なんて渡してしまったのだろうか。正確には渡してなく、見せたら手から奪われたんですけど。

「オレが、教えてやる」

 もっと早く逃げるべきだった。話がかみ合わないってわかった瞬間に全力疾走するべきだったんだろう。今からでも保険証とかいいから逃げるべきだったんだ。
 とっさに身を引いたら手首を捕まれて「何処に行くんだ?リン」とうちはオビトさんは言った。お前の家は向こうだろう?そこに行こう。オレがリンだと教えてやるから、な?口調は優しくても、手首を掴む力が全てを語ってる『否定するな』と。明るい時間帯なので叫べば誰かが助けてくれるかもしれないのに、声が出ない。彼の瞳がわたしの行動を静止させるようだ。

 保険証の住所を少し見ただけで家の方角がわかるなんて、うちはオビトさん土地勘と記憶力凄いなー。アハハ。……笑えない。本気でどうしよう。


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