※変換なし


 厭なことがあったから死のうと思った。人のために役立ちたいと看護師を目指していたのに、忍者でもない者が医療忍術に関わろうとするなと虐められていた。戦争を経験した先輩たちにとってわたしは平和ボケしている一般人、腹が立つのだろう。人のためにと目指した夢が否定されて、段々とやる気が削がれて、親は諦めていいと簡単に逃げ道を用意する。なんでも、忍の姉は任務で亡くなったとかでわたしに対して過保護なところがある。歳の離れていてぼんやりとしか記憶にない姉のことなど、戦争を経験した忍者としか知らない。顔がわたしにそっくりな優しい人だったらしいけれど、虐めてくる医療忍者の先輩たちと被って、親が過保護の原因でもあって、わたしは姉が少し嫌いだ。殉職した相手にとんだ姉不幸ものである。悪いのは先輩たちなのに。
 どうせ死ぬならと記念日のように着飾った格好は、慣れない着物と履き物で神経を使いもう疲れた。疲れたから死ぬのに、死ぬのにまた疲れる悪循環。もういいでしょう。里から随分と離れたこの場に来るのが限界だった、これ以上この慣れない履き物で歩けない。ちょうどよく深い湖を発見からは其処まで足袋で歩いた。履き物を木の下に揃え徐に足を湖に浸す。靴擦れしたので少し痛い、そして恐ろしく冷たい。この季節だから当たり前か、浸かったら直ぐに動けなくなり溺死というよりは凍死できる。冷たくて寧ろ痛い脚はバシャバシャと冷水遊びも出来ずずるずると引っ張られるように落ち進む。もう残された親のことなど頭に一切なく、様々なことから解放される安堵が快楽にも感じる。腰かけ脚だけ冷水の中の体勢から、もう一気にドボンと浸かってしまおうと少し体ををあげる。うつ向いていた頭も上げて湖の水面を見やると、誰かが立っていた。
「なにをしている……」
 低い男性の声で話しかけられた。顔は渦巻いた橙の仮面で隠れて、寒い季節だからか肌が見えない格好。足の指先だけ見える素肌に湖の水面に立っている彼。額宛もなく見慣れない服装だけれども水の上に立っているのだから忍だ。なにをしているだなんて、忍でなくともわかるでしょうに。忍繋がりでまた姉のことを思い出した。親でさえ詳しいことは教えられなかったけれど、里のために自ら死を選んだ姉。逃げるために命を捨てるわたしと、里のために命を使った姉とでは全然違う。最後の最後でさらに姉が厭になる。何も答えないわたしに、彼は手を伸ばした。助けるつもりなのだろうか。初対面の自殺する直前の一般人を、そうなら彼は先輩たちと違ってなんと優しい忍なのだろう。でもね、どうせなら全てに疲れてしまう前にその手が欲しかった。もうその手を取る力もない。わたしは一気に水の中に入った。ああ、彼に手を差し伸べてくれた礼を言っていないなあ。



 沈んで逝く女が申し訳なさそうに笑った。行き場を喪った手が力なく落ちる。オレは女を助けるつもりだった。立ち寄った湖でリンに似た女を見つけた。彼女はオレの知っているリンより少し大人だったが、非常に似ていてそして違った。何をしているかなんて言わずとも解っているのに認めたくなく聞いてしまった。真っ先に手を伸ばしていれば彼女は取ってくれたのだろうか。いや、今からでも潜り引きずり出し体を温めれば、心臓が止まっていようとまだ応急処置で間に合う時間だ。それなのに、体が水面に張りついたように動かなかった。
 きっとオレは彼女を助け、囲うつもりだったのだろう。拒絶されようとも幻術を使い傍に置きリンの代用品として心の穴を埋める予定だった。それぐらい彼女は似ていた、似すぎていた。顔も声も仕草も自ら死を選ぶところも、もう遅かったことも。助けられるはずなのに、うちはオビトが何故か駄目だと否定する。チャクラが乱れ水面が揺れているのに彼女と共に沈むことを赦してくれない。埋めるのは彼女ではない、救うのは彼女だけではない。彼女にそんな選択をさせた世界そのものが間違っているのだ。
 長い間揺れた水面が落ち着き、もう手遅れなほどの時間が経った。視線の先に見える木の下に揃えられた履き物は彼女のものだろう。オレは其れを手に取り此の場から立ち去る。しかし明日も此処に訪れ、浮いた死体を抱きしめ綺麗に埋葬してやるのは約束された未来だ。
 ふと考えた。あれを代用品としてこの心は本当に埋まるのだろうかと。答えなんて直ぐに解る問題だ。そこで連鎖するようにまた考えつく、ならば無限月読は幻術は。そこで思考が止まり再び動き出すときには忘れる。考えてはいけない。そのためにオレは間に合わせなかったんだ。


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