▼ けんもほろろ

「──元帥…“緋雨”、只今帰還しました」

 しんとした会議室に硬質な声が響く。落ち着いているが微かに高い、それは女の声だった。
 大きな円卓の置かれた室内にいる人間は複数人。その全員が白のコートを身に着けている。座した者が5人。そして佇む者が一人。そのすらりとした体躯はやはり、見間違え様もなく女のものだ。
 彼女は大きな長物を手にしている。長さにして2メートル程、重さにして3キロ弱。先端には鋭利な先端を見せる大振りの刃──それはどこからどう見てもハルバードと一般的に呼ばれる武器だった。並の者よりもかなり上背がある女とは言え、それを手にしているのは些か不似合いに見える。
 だがその女の異様さはそんな生易しいものなどには止どまらない。彼女の武器を握らない、即ち左手には未だ滑る体液をよく磨かれた床に滴らせる男の首。
 ぽたりぽたりと紅い雫を落とすそれは、“新世界”でそれなりに名を馳せた海賊だった。手配書の面影が僅かだが生気のない顔に見て取れる。
 賞金額は1億と2000万ベリー。しかしこれでは億越えの威厳も形無しというものだ。とは言え、相手が彼女であれば致し方ないこととも言える。
 その首級を改めるまでもないことはこの場の誰もが理解している。だが最早恒例となってしまったそれを止める者はいなかった。声を掛けられた、彼女の上司である厳めしい顔付きをした男ですら。
 その時、扉の向こう側が俄に騒がしくなった。靴音と何か言い争うような声。そして警備の兵が何事か言っているのも耳に届く。

「チッ…」

 実に苛立たしげな舌打ちが女の唇の端から漏れた。
 その次の瞬間、扉を壊す気かと問いたくなる派手な音と共にそこは開かれた。

「よぉ、来てやったぜフッフッフッ!」
「煩ェ、さっさと入りやがれフラミンゴ野郎」

 室内の面々は現れた2人の姿に驚きの表情を浮かべる。彼らが来るのは当然のことだ。何せ召集を掛けたのである。だがまさか、この2人が揃って顔を出すなどとは誰も想定していなかったことだった。
 間抜け面を晒す男たちを余所に、女だけは至極嫌そうな顔を隠そうともしない。
 そのすらりとした立ち姿を見留めた片方の男の口から、訝しげな声が漏れる。

「……※※※?」
「……お久し振りね、Mr.クロコダイル」

 その遣り取りに当人たち以外の全員がざわりとどよめいた。
 片や“王下七武海”、アラバスタでは英雄視すらされている海賊、サー・クロコダイル。片や“新世界”を自在に渡り歩き目に付いた海賊を須く狩ることで今の地位まで登り詰めた女──“緋雨”こと海軍本部中将※※※。2人が出会ったのは、今この場が初めてである筈なのだが。

「どうしててめェがここにいる」
「…見て分からない? 仕事よ」
「※※※…」

 クロコダイルの声が地を這うように低くなる。殺気さえ纏うそれを、しかし女は嘲笑で一蹴した。室内の温度が急激に5度程下がったように感じられる。流れるのは紛れもなく一触即発の気配だ。
 クロコダイルの指先が微かに動いたのを目敏く見咎めて、※※※は声を上げる。

「やる気? まぁ私は構わないけど」
「あァ? 餓鬼が大層な口を利きやがる」

 交錯する視線。女は手にしていた首を紙屑でも捨てるかのように投げ出して、何かを捉えるように指先を動かす。
 と──。

「止めんか!!」

 今の今まで口を噤んで事の成り行きを見守っていたセンゴクが一喝を入れた。クロコダイルは冷ややかな視線を向けるだけだが、※※※は不服そうながらも臨戦態勢を解く。
 そうして彼女の上司は、この場の誰もが抱いている疑問を代表するようにして口にした。

「※※※、クロコダイル…お前たちは一体どういう関係だ」

 暫しの沈黙。そして、砂漠の王者の口がゆっくりと開かれる。

「…こいつは俺の……娘だ」

 はぁあああ?!?!!
 と驚愕の叫びが谺する中。当の※※※は血に濡れた手でシガーケースを取り出し、ライターの重い着火音をさせてシガリロの先端を焦がした。


◆ ◇ ◆


 海軍本部中将、※※※。取る異名は“緋雨”。掲げるは“悪辣なる正義”。
 弱冠22歳にしてその功績を認められ将校の地位に身を置く女傑。武勇伝には事欠かず、少しばかり前にはあの白髭と一戦を交えたという真しやかな噂さえ流れている。
 遠目にも分かる長身は2メートルと17センチ。肩に乗せられた将校の証である白のロングコートは──それを許されているのが甚だ不思議だが──一目で特別仕様と分かる柔らかな毛皮製。下には細身の黒いパンツスーツが着られており、シャツに少しだけ上品なレースがあしらわれている。
 艶やかなセミロングの黒髪は前髪も含めて後ろに流され、その端正な容貌を際立たせるかのようだ。鋭い眼光を宿す瞳は深い黄金の色合い。その視線を横に滑らせれば左の耳にはシンプルな銀のイヤリングが光る。
 そしてそのすぐ側から目の下を通り鼻筋の近くまで、左の顔面を横切る深い傷痕が、彼女を険のある美人に仕立て上げている。
 紅い口紅が引かれた薄い唇。そこに咥えられたシガリロから棚引く、紫煙の向こうに隠された美貌を間近で見たいと思う男は山といることだろう。
 言われてみれば、彼女はどこまでもクロコダイルに似ている。だが──。

「父親は死んだ、と言っていなかったか?」
「………。切実な願望がつい口に出たんですわ。積年の願いが叶っていなくて残念。それに…私はその人を“父親”とは思っていませんもの」

 吐き捨てられた言葉にクロコダイルの蟀谷がひくりと動く。口にした葉巻を噛み折ってしまいそうな様子に※※※はクッと酷薄な笑みを浮かべ、いきなりその視界が真ピンクに覆われた。
 見れば、何か思案するように珍しく静かに話を聞いていたドフラミンゴがクロコダイルと※※※の間に割って入っている。猫背がちでも尚高い身長の為、顔は割と上の方にある。
 オレンジ色のサングラスの向こうは見えない。口元には相変わらずの人を馬鹿にしたような笑みが貼り付けられている。原色のピンクが目に痛く、※※※の機嫌はまたゆるりとより下方へ向く。

「何かご用、Mr.?」
「…フッフ! 気に入ったぜお前、俺の女になれよ」

 ドフラミンゴを斜に見上げる※※※の視線に急激に不機嫌な色が宿る。グッと握り込まれるハルバードの柄。
 ピンクの塊の向こうでは、ヒュル、と風の渦巻くような音が上がる。
 そして示し合わせたかのようなタイミングで。

「「ふざけんなこのクソ鳥野郎!」」

 ピンクの毛玉の前後を挟んだ両者から、罵倒と共に容赦のない攻撃が加えられた。






けんもほろろ
(つれねェな…フッフッフッフッフッ!)
(火急的速やかに死んで下さる?)
(そんなキッツいところも俺好みだぜェ、※※※ちゃん)



13.05.11




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