▼ 思われている程薄情でもない

「……※※※。あの鳥野郎を何とかしやがれ。鬱陶しいなんてもんじゃねェ」

 そんな苛立ちを隠そうともしない低い声を、深く眉間に皺を刻んだ電伝虫は吐き出した。
 薄暗い室内だ。執務卓の上に乗った電伝虫の一つの受話器を取った女は、ゆったりとした革貼りの椅子に腰掛けている。その側の衣装掛けには如何にも柔らかそうな毛皮の白いコートが掛けられていた。“正義”の文字が仄かな闇の中に浮かび上がるかのようだ。

「…私だって辟易してるのよ」

 そう言った声は正しい意図の感情を伴って相手に伝わったろうか。※※※は息を吐き、薄い紗幕の引かれた窓の外に視線を遣った。
 事ある毎に絡んでくるピンク毛玉野郎──ことドフラミンゴをやり込めてやったのは何日前のことだったか。あれは正にしてやったりだった。
 だが少しばかり、誤算でもあった。指を絡めて制止させた手。キョトンとしている様がサングラスに隠されたその目を見なくとも分かって、柄にもなく可愛いなどと思ってしまった。だから、本当についうっかり、突き放すつもりだったのに唇を重ねてしまったのだ。
 触れるだけのそれ、引き寄せられて深いものに変わるかと思っていたのに反して男は動きを止めていた。これ幸いと緩い腕の拘束から抜け出して去る間際、投げた言葉に答えは、返らなかった。それが珍しいな、なんて。そう思った記憶が微かにある。
 それで──そう。3日程は平穏だったのだ。新世界に艦を出していてもひょっこり現れないし、勿論マリンフォードにも姿を見せなかった。ところが4日目。
 物凄い勢いで甲板にいた※※※の元にすっ飛んできたドフラミンゴは、あろうことか「“まだ”ってことはそのうちヤらせてくれんの?! てか※※※ちゃんやっぱ俺に気があっ──」などと捲し立ててきたのだ。途中で不自然に言葉が途切れているのは、鬼の形相の※※※の膝蹴りが彼の鳩尾に深く突き刺さったからである。
 たまたま居合わせてしまった部下たちは一様に顔を青くして滝のような冷や汗を掻いていた。七武海、特にドフラミンゴはやはり何度見ても恐ろしいし、加えて上官である※※※の怒り方が半端ではなかったのだ。武装色の覇気を瞬時に獲物のハルバードに纏わせた時の彼女は、完全に殺気を放っていた。
 というと命懸けの殺し合いにでも発展したかのようだが、当人たちにとってはただの戯れ合いのようなものだ。※※※は割と本気で怒っていたのだが、ドフラミンゴはそれをただの照れ隠しに脳内変換してしまう超絶ポジティブシンカーだ。彼の言動に勢いを殺がれて、結局ハルバードの鋭い切っ先は何も捉えないで終わったのだった。
 確かに、そうだ。あの言い方ではそう取られても仕方あるまい。というか、そういうつもりで口に出したのだから当たり前だった。
 口では拒否ばかりして正面に取り合わない※※※であるが、別にドフラミンゴを心底から嫌っている訳ではない。ただ、いつも貼り付けられている中身のない笑顔、どこの誰に対しても憚りない態度、毎度毎度纏わり付いてくるしつこさ、何をしても許されると思っているような横柄さ、高みから見下ろしてくる遠慮など知らない視線、そういうものが気に食わないだけだ。それはドフラミンゴを構成している殆どのものではないかと言われればそれまでではあるのだが。
 それでも、憎からず思っては、いる。どこをどうなどということは絶対に絶対に、死んでも言いたくはないが。
 ふーっと紫煙を吐き出す。目の前の電伝虫も似たような仕種をしていて、何も咥えていない口がそうするのが何だか滑稽で微かに笑いが漏れた。

「生娘でもねェだろう、いい加減黙らせてやれ」
「…嫌よ」

 遠回しにセックスくらいさせてやれというその言葉に、※※※はすぱりと拒否の意を示した。
 ──勿体ない。
 小さく付け足せば、解せないという表情が浮かべられた。片目を眇めるそれに一瞥を呉れ、唇に刻まれたのは自分でも意外なことに笑みだ。

「だって情けない顔してるのが一番可愛いんだもの、お馬鹿な鳥ちゃん」

 図体の大きな男が要求を撥ね付けられる度にぴぃぴぃ不満を漏らして縋り付いてくるのはなかなかの見ものだ。しかもそれがあのドンキホーテ・ドフラミンゴともなれば、優越感も一入である。
 それに、一度深く触れることを許せば一気に付け上がられる気もしていた。別に特段お高く止まる気もないが、かと言って自分を安売りしたい訳でもない。あの強欲で傲慢な男のこと、たった一度だけでも許可らしい許可を与えてしまえば遠慮もへったくれもなくなるだろう。
 無理矢理己の要求を叶えようと思えば出来るだろうに。それをしないことを指摘すれば、あの男はさらりと惚れた弱味だなどと言って退けるのだろうか。あの薄ら寒い笑みを張り付けた顔で。それでもサングラスの向こうの瞳が宿す視線はぞっとする程に鋭く──。

「…お前も大概趣味が悪ィな」
「ふふ、よく言われるわ」

 そう言ったところで、部屋の扉が慌ただしくノックされた。分厚い材木の向こうから、緊張を孕んだ部下の声が海賊船の接近を告げる。
 ここは新世界に浮かべた軍艦の上だ。寧ろ今まで海が穏やかに凪ぎ、昼だというのに夕暮れのような薄暗さだっただけなのが異常な程だった。※※※は勿論そういう場所を選んで航行している訳だが、それはつまり、他の船に遭遇しない方がおかしいということでもある。
 小さな椅子の軋みと共に立ち上がり、※※※は受話器にそっと音を滑り込ませる。

「…お客様みたい。まぁ、彼には適当に周りに迷惑掛けないように言っとくわ」
「ハッ、あいつも落ちたもんだな」
「そんなこと言ってると足元掬われるわよ」

 オトウサマ。
 甘い声で昔の呼び名を嫌味に口にして、返事を聞く前に※※※は受話器を置いた。
 コートを肩に乗せて、ゆるりと傍らのハルバードを手にする。さてはて、相手はどう出てくるものか。相手は海賊、どうだろうと行き合ったなら潰すだけだが。

「中将──!」
「はいはい今行くわ。急かさないで頂戴」

 ちらりと机の上、大人しく目を瞑っている電伝虫の一つに視線を投げてから、※※※は甲板へと足を踏み出した。






思われている程薄情でもない
(※※※ちゃん久し振、ぅおおお?! いきなり引っ張り寄せるなんてどうした? そんなに俺を恋い焦が──ゲフッ)
(……調子に乗るのもいい加減にしろクソ鳥野郎…苦情を入れられる私の身にもなれ)
(やだそんなに俺たちの仲知れ渡ってんの?)
(今ここで苦しみ抜いて死ぬか後で懺悔しながら死ぬか選ばせてやるフラミンゴ野郎…ッ)
(ゴメンナサイユルシテ)



13.06.20




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