▼ 淡白な愛の行方

 俺には最近、ペットが出来た。雌鰐で、父親よりも小柄なカワイ子ちゃんだ。
 本人にも言ったことだが、最悪な程に馬が合わねぇことを除けば、俺は鰐野郎の見た目だとか性格だとかは割と好みな方だ。こんな女がいりゃあ、何がなんでもモノにしてやるのに、なんて。常々思っていたところに、そいつは突然その姿を現した。
 俺の娘発言にざわざわしている会議室の様子なんかまるでどこか遠くの出来事のように、俺の目は女に釘付けだった。
 成程、鰐野郎と並べて見れば驚く程によく似ている。たまたまなんだろうが顔に走った傷の位置すら似通っていて、どんなミラクルでそんなことになってんのかと思う。今にも仲良く殺し合いを始めそうな父娘の間に割り込むと、殆ど同時に寄せられる眉根。悪態までもが綺麗にハモって、それを本人たちが嫌そうにするものだから面白かった。
 一般的な女としちゃ、その雌鰐──※※※は決して魅力がある方じゃあないんだろう。胸はデケェが下手な男よりも余程高い身長(俺からすりゃちいせぇが)、不健康そうな青白い肌、深く刻まれた如何にも“不機嫌です”という眉間の皺。口紅を綺麗に引いた薄い唇にはシガリロが咥えられていて、紫煙をぷかりと棚引かせる。左の顔面に真一文字に走る傷痕なんかは、海兵と言うよりは海賊っぽいような気さえする。
 それでも※※※は海兵で、しかも中将なんて立場だから、その肩には白い正義のコートが乗っかっている。それというのがまた、艶のいい毛皮で作られたどう見ても特注品で、一人だけもこもこしたのを纏っているのがやけに可愛らしかった。
 挙げ連ねた容姿は合格、なら性格はと言えば。会ったら速攻でカプカプ噛み付いてきて、甘噛みにしかならねェそれで本人としちゃ威嚇しているらしいのが最高だ。
 けどあんまりにもつれねぇのは面白くない。“自然系”の能力を使って逃げるのを取っ捕まえて猫撫で声を出してやったら、ぞくりと腰を震わせていた。引き寄せてキスしてたらあからさまに嫌そうな顔をして、目なんか閉じないで殺気を乗せて睨み付けてくる金の瞳に俺もぞくりとさせられた。
 海楼石の手錠を持ち出してきてお得意のハルバードが何の躊躇いもなく人体の急所を狙って繰り出された時は流石に焦ったが、途中で部下の報告を受けて※※※が飛び出していっちまったので事なきを得た。
 照れ隠しに振り抜かれた脚があわや俺の首を折るところだった時には軽く殺意に近いものすら浮かんだが、結局はすぐに消え去ってしまった。詫びくらいしろよと閉じ込めた腕の中、※※※がちょっと居心地を悪そうにしながら「悪かったわね」と微かな声音で謝罪を口にしたからだ。これがツンデレってやつかと思いながら尻を撫でたら鳩尾に肘鉄が来たが、それもその日は何だか弱々しかった。
 そして、現在。俺はじたばた逃げたがる※※※を膝に乗っけてがっちりとホールドし、酒を傾けていた。
 俺の息の掛かった店で、VIPルームは若干俺専用になりかけていたりする。キレイなオネーチャンたちもこの店にはいるが、美人を膝上に配置した状態で安っぽい尻軽共を相手にする気にはとてもなれない。まぁその上玉は美貌を華麗に歪めて俺に悪態を吐いている真っ最中だが。
 拉致ってきたのがそんなに拙かったかなとサングラス越しに視線を投げれば、ぎろりと強く睨まれる。親父譲りの金目は薄暗く店内でもキラキラ輝いて、宝石でも嵌まっているみてェだ。
 そう思いながらべろりと無防備に晒された眼球に舌を這わせたら、※※※はぞぉっと体を震わせた。

「なっ…変態ッ離しなさいよ…!」

 フーッと毛を逆立てるところは鰐ではなくてどこか猫のようだ。可愛い反応すんなぁと心中で感想を漏らしつつ、強い酒を喉に流し込む。
 ※※※は舌先に残っていたアルコールのせいで涙目になっちまったのをぱちぱちと瞬かせて、徐に足を降り下ろしてくる。そんな可愛らしい攻撃にはとっくに慣れちまったから、ひょいと足をずらしてピンヒールの強襲から逃げておく。チッと漏らされる舌打ちすら魅力的だ。

「※※※ちゃんも飲もうぜ、高い酒入れていいからさァ」
「私は仕事中よ!」

 あぁそうだった。今はまだ真っ昼間で、外では日の光が燦々と降り注いでいる。見慣れた軍艦の甲板にマイペットの姿を見付けてかっ拐ったんだからそりゃそうか。あんまり遠くに行ったら困るかと思って最寄りの島にしてやったってのに、そんな俺の配慮を全然気にしていないところがまた実にこいつらしい。
 にやりとわざとらしく口元を歪めてみれば、途端に警戒を強くする。その様子がまたまた可愛い。

「フッフッフッ、昼間から男の膝の上で“オシゴト”とはヤらしいじゃねェか…なぁしゃぶってくれねぇ?」

 唇に指先を這わせながら不意打ちの低音を耳に捩じ込めば、※※※は微かに吐息を火照らせる。
 俺の低い声に弱いらしいと気付いたのはいつだったか。過敏な反応なんざしないがそれでも違いは明白だ。生まれた隙を突いて白魚のような手に指を絡ませ、俺は股間にそれを導く。
 布越しの体温にひくりと戦闘になど向きそうに見えない指先が震えた。見下ろす顔はサッと怒りの表情を乗せて俺を斜に睨み上げる。必死に取り繕おうとするのが生娘みたいで、それでも現実は絶対に違うだろうことが堪らなく俺の興を煽る。

「それ以上ふざけたことを抜かしたら二度とその口利けなくしてやる…っ!」
「まぁまぁそう言うなって。もしかしたらすげェ美味しくて病み付きになるかもしれねぇだろ」
「断じてない! あんたの汚物なんて早いとこ腐り落ちた方が世界の為よッ」

 失礼なことを言いながら※※※が手を引っ込める。そのまま立ち上がろうとするのを楽に阻止して、俺は後ろから細っこい腰に腕を回した。全部酒を飲みながらの片手作業だが、逃げられねぇってことは本気の抵抗じゃないんだろう。
 邪魔臭いコートは早々に剥ぎ取っておいたから、晒されている細身のズボンに包まれた尻にぐりぐり腰を押し付ける。びくんと体が跳ねるのは、勃起したモノの熱を布越しに感じ取っているからだ。
 きゅっと尻から太股にかけての筋肉が緊張を孕んで締まるのが無駄にエロい。実は誘っていやがるのだろうか。女らしい肉感のあるそこに直に擦り付けたらさぞ気持ちいいに違いない。
 丁寧に整髪された髪に鼻先を埋めるとシガリロのほろ苦さと、フェロモンじみた微かに甘い匂いが鼻腔を擽った。媚びるような香水の香りがないことに、俺の気分はまた高められる。小細工なんぞは必要ねェんだ、こういう他人に諂わない美人には。
 あー…何か、本気でヤりたくなってきた。別に俺が相手となりゃ喜んで足を開く女は清楚系から商売女までごまんといるが、今ここでこいつを抱きたい。そう思うのは随分と久し振りで、だから俺は珍しくちょっと余裕を欠いていたんだろう。
 スーツの釦を外そうとした手に、俄に※※※の手が重なった。それは俺の指をにやんわりと自分の華奢なそれを絡めて、行動を制してくる。初めてのことに俺は首を傾げた。てっきり流石にここまでしたら本気で抵抗するもんだと思っていた。どういう心変わりだ?
 キョトンとする俺の上で※※※はするりと体勢を入れ換えて、俺と向き合う形で膝に乗り上げる。向けられる視線は真っ直ぐに、俺を射抜く鋭さを宿していた。深みのある黄金の色。目元だけが少しだけ鰐野郎とは雰囲気が違って、母親の面影だろうかなんて場違いなことを考えた。
 咥えたシガリロを抜き取る指の動きがどこか艶かしい。※※※はその手を俺の横を通過させてソファの背につくと、ついと顔を寄せてきた。吐息が近い。呼吸に混じる紫煙の微かな名残を濃厚に感じる。

「…おいたが過ぎるわよ、鳥ちゃん」

 そんなことを言いながら、うっすらと笑みを浮かべた唇が、俺の唇に軽く重ねられて離れていく。
 ──それはまだ許してあげない。
 至近距離で零された囁き声は甘く、色の気配を十分に孕んでいる。俺がごくりと喉を鳴らすと、対称的に※※※はくすりと喉を鳴らした。
 再びシガリロが口に挟まれる。余りにもあっさりと体は離れ、無造作に放ってあった正義のコートを拾い上げた※※※は出口へと向かっていく。カツコツ床を叩くヒールの音が耳に届いているのに、俺はそれを止めることが出来ない。目で追い掛けるだけだ。
 扉のところで※※※はぴたりと足を止め、肩越しにちらりとこちらを振り返った。紅に彩られた口唇が、「またね」と無言のうちに去り際の挨拶を告げる。小さく開いた扉の間に体を滑り込ませて、その姿は室内から消えた。
 後ろ姿の余韻すら完全に感じられなくなってしまってから、俺は漸く深く息を吐いた。グラスをテーブルに放り出し、ずるずるとソファに腰掛けた体勢を崩す。
 上手く躱された。そんな事実がじんわりと実感として体に染み渡ってくる。不意打ちを食わされたのは今や完全に俺の方だった。
 いつもあんなに負けん気の強い様子で食って掛かってくる癖に、こんな手管を使ってくるなんて。普段のあれだって作った反応じゃねェんだろうが、余りのギャップにくらくらした。あいつ絶対に相当遊んでやがる。
 小娘に手玉に取られたってのに、不思議と気分は悪くない。それどころか余計に欲を煽られたような気さえして、ジリジリと首筋を焦がす感覚が妙に生々しかった。
 唇に指を遣れば、わざとのようにそこに残された口紅の色が肌に付着する。蠱惑的なあのキスを思い出すにはそれは十分過ぎる材料だ。そういえばあっちから接触してくるのは初めてなんじゃねぇか、ということに気が付いて俺は頭を抱えたくなる。
 たった一度の、向こうからの能動的な触れ合いで、完全に今までの形勢を逆転されたことを今の俺は認めざるを得ない。そういう機会を虎視眈々と狙っていたのだとしたら、余りにも手口が鰐野郎に似通い過ぎている。父親とも思えないくらいに遠く離れて暮らしていたんじゃなかったのかよ。

「…くそ、」

 呟きは仄かに紫煙の香る部屋の空気に溶けて、どこかへと消えていった。






淡白な愛の行方
(なァお前の嫁さんあいつをどういう育て方した訳? 何であんなお前に似てんの? すげー腑に落ちねぇんだけど)
(わざわざ遥々やって来たところを悪ィな、邪魔だ失せろ)
(あっやっぱ今のなし撤回、※※※ちゃんのが百万倍優しくて可愛かった!)
(あ゙? テメェちょっと面貸せフラミンゴ野郎)



13.06.14




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