「58,59,60,1,…」

手に持ったストップウォッチとお湯を張ったタライに頭を突っ込んでいる男とを交互に見ながらカウントを進める。

「23,24,…」

私が何をしているかというと、この佐野誠一郎の修行に付き合っているのだ。
息を止めている間だけ鉄を手ぬぐいに変えることのできる能力の強化をしたいそうで、どれだけ長く息を止めていられるかを測っている。
この能力をいかに使いこなせるかが勝敗をわけるのだそう。
つまりはどれだけ長く鉄の状態を維持できるかが問題となるらしい。
たしかに話に聞く限りいろいろと応用の効きそうな能力ではある。

しかしだからと言ってこの絵面はいかがかと思う。

こぼしたらいけないからと佐野家のお風呂場でバスタブの上にふたをかぶせてそこにタライを置き、壁ドンならぬ蓋ドンな姿勢でピクリとも動かない佐野と、ふちに腰掛けそれを見下ろす私。
このところ忙しそうだったから久しぶりにゆっくり一緒にすごせるチャンスだと思ったのに。

佐野がタライに顔を突っ込んでそろそろ4分が経とうとしている。
呼吸をしていないのだからあたりまえとも言えるが佐野の背中はピクリともしない。
い、生きてる…?

「佐野…?」

呼びかけてみても返事がない。
私の頭に先日検索して出てきた言葉が流れる。『慣れていない人が無理やりに息を止めると気絶してしまうこともあります。水中で気絶しそのまま死んでしまう例もあるので絶対にやらないでください』
ど、どうしよう!
とりあえずそっと佐野の背中に手を当ててみる。だめだ、心拍数がはかれない。
えっとあとは手首とか?
変な姿勢になってるままの手首の内側に指をあててみる。
お、おお…最近たくましくなったと思ってたけどいい筋肉ついてる…じゃなくって!よ、よくわかんないな…。
最終手段だ!直接胸触ってやろ!
少し開いている浴衣の隙間へ手を差し込んでみる。触れるか触れないかのところでついに…

「ぶっはぁ!な、なにすんねん!」
「あっよかった生きてたぁ…」

勢いよく佐野が顔を上げたせいでぬるい水が飛んできた。
はあはあと肩で息をしながら濡れてべしゃべしゃの怒り顔を向けてくる。

「だって生きてるか心配なんだもの」
「こんぐらいで死ぬわけないやろ」
「そんなのわかんないじゃん…ねえやめよ?もうちょっと安全な方法にしようよ」
「安全なぁ…」

渡したてぬぐいで顔を拭うとなにかをひらめいたようなにやにやした表情が見えた。

「名前協力してくれるか?」
「散々してるじゃん」
「いや、もっとしてもらおーおもてな」

そう言い終わる否かぐいっと私を引き寄せると唇を寄せてきた。
全くの不意をつかれて私の方がさっさと息が止まりそう。
ちょっと待ってよ、と伝えたくて抵抗すると名残惜しそうに軽く啄みながらも離してくれた。
超近距離のままさっき言われたことをそのまま返す。

「な、なにすんの!」
「特訓」
「はあ?」
「あ、名前はふつーに呼吸しとってええで?俺は息止めるし、気にせんしな」
「いやいやいや意味わかんな、ん」

ぬるりと舌を絡めとられて吸い上げられてしまえばもう反抗する気にもならなくて、ああもう。


私の彼は努力家
努力の方向が間違えてるよ!





2018.1
佐野は絶対いい筋肉してる…
朔弥




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