「なぁどうしたら―――、―――――んだよ」


なあに、きこえなかったよ。そう云ったら三郎は情けない顔でわらった。だって今風が五月蝿かったんだよ。びゅう、って耳元で音がしてそれが邪魔だったんだよ。でも三郎は情けない顔のままだったからもう一度云ってみる。


「え、御免本当きこえなかった」
「いいよ、別に大したことじゃねーし」
「ちょ、余計気になる!」
「ば、馬鹿こっち来んな!」


なんでだよー。そう云ったら今度は三郎は少し困った顔で口を結んだ。あたしは多分少し怒った顔で口をとがらせてる。忍たま長屋の縁側で、二人でただただ雑談してたとき、急に三郎は呟いた。でも声が小さ過ぎて訊きとれなかった。急に吹いた風のせい。そうだよ、風のせいで。あたしが子どもみたいにむくれたら三郎はため息をついてこっちに手をのばした。あたしの頭にその手を乗せて、ぽん。音がしそうな軽さ。(……あたしの脳みそのことじゃ、ないよ。)
みたらし色の前髪をガシガシかいてやる気無さそうな眼でこっちを見る彼の左側の顔は腕が邪魔で見えない。云う気は、無いのかな。残念な気持ちいっぱいで息をはこうとしたら頭から少しの重さが無くなって。喜八郎じゃないけど、おやまぁ。どうしたの?


「……わかったよ。」
「あ、本当?なになに!」
「…………笑うなよ絶対」
「それはどうかな」
「ッだああああぜってぇ云わねぇ!!」
「わああああ御免御免笑わないからぁ!」
「嘘こけ馬鹿野郎お前ツボ浅ぇんだよ知ってんだよ!」
「なっ、三郎だってほら!あさ、浅いじゃん!」
「……何が。」
「心」
「…………馬鹿、それ云うなら『浅い』じゃなくて『狭い』だろ……」
「…………御免自分で云うのとか、御免」
「……わかりゃ良い」
「で、何?さっきの」
「切り替え早ぇんだよ……」


ぎゃあぎゃあ、三郎と雷蔵の部屋の前で五月蝿くしてるから多分雷蔵が部屋の中でわらってる。そういえばあの子今日雷蔵と苺食べるとか食べないとか云ってなかった?あー良いなぁあたしも食べたいなぁパパに頼もうかな。あ、今は苺は良いんだ三郎の発言のが重要だ。我ながら天晴れの食べ物への思考の脱線から復活して三郎を見つめる。なになに、暴言だったら少し哀しいよ。なんて、思ってたら、また風が吹いた。眼を瞑る。横の髪を手で押さえた。うわぁ、とか情けない声を出そうとして、出なかった。いや、出せなかった。声が。空気が。代わりにあたたかかった。くちびる、が。
眼を開けたら、肌色だった。みたらし色だった。みたらし色だね、って云ったら馬鹿じゃねぇの、って云われた。云われたよこの、人に。
この人は、あたしから離れたら、また情けない顔で、云った。


「なぁどうしたらお前は、こっちを見んだよ」


善法寺先輩から、こっちをさ。
この人は情けない顔で、わらった。伊作みたいだ、って、思った。




かさなったのは、それではなく
(きっとあの人とこの人の表情だった。)




終。
(09.5.19)

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