手を、繋いでる。
私の手は、あたたかい掌にしっかり捕まえられてて、いくら強く引っ張っても逃げ出せない。なにより、逃げる気は、なかったんだけど。
気持ちいい空気に揺られてる気分。たぶん私は寝てるんだ。そしてこの気持ち良さ……心地よさは太陽の陽、かな。陽の光ってなんでこんな、あたたかくて、心地よいのか。眠気に負ける猫の気持ちがよおく、わかった。
じゃあ私、猫になりたいなぁ。私は人間だから。だって腕も脚も手も指も猫のそれより長い。肌の色も人間のもの。髪の毛だって。そしてなにより、声が言葉を発した。


「ねぇ、エド。」


私の手を掴んで離さないヒトは、より強く私の手を握った。いたた、痛いな。貴方男の子なんだから手加減してよまさしく手加減!


「つまらねー。そのギャグ」
「五月蝿いな、なんだよエドのくせに」
「意味わかんねーよ!」
「……とりあえず、ねぇ、手ぇ離して」


彼の右手は以前の鈍色のそれではなくなった。瞑っていた眼を開けて改めて見てみた。肌色、はだいろ。何年ぶりだったかねぇ。……ウィンリィは「機械鎧もいいんだよー」って云ってたけど、たぶん彼女が誰より(きっと私より、)彼らの躰が戻ったことを喜んでた。
平和って、きっといちばん倖せなことだから。『なにもない』んじゃなくて『何かが始まる準備』なんだと思うしもしかしたらもう『始まってる』。でしょ?ねぇ。


「離したくねぇんだよ、わかるだろーが」


それって自惚れていいのかい?私はたぶん無意識にわらったよ。あぁねぇ、金色の君はさ、まず弟くんと抱きしめ合って静かに泣いたよね。戻れた瞬間に。君たちはとても頑張った、からね。「頑張った」なんて、そんな一言で一掃してしまってはいけないようなことが沢山あったね。御免ね。迂濶だった。
ねぇ君はさ、君は、さ。私の手をそんなに強く掴んで、どうしたの。「わかるだろーが」って、御免わからない。自惚れていいのかって思ったけど、正直全然君の心内は全く以て読めちゃいないのよ。


「御免、わからん」
「わらって誤魔化すな、お前いっつもいっつも!」
「っ、……あーもう、五月蝿いなぁ本当に。寝起きにそんなでかい声出さんでよ。エドってあれだよね、高血圧だよね絶対」
「……まだそんな歳じゃないんですけど」
「歳なんて関係ないもんねー」
「(半眼か。半眼で笑いながら云うか)」
「…………結局、なんなんです、か」
「…………」


どうしてなかなか、彼はたまにとてもかっこいいのだ。だから私は、たまにとても、とてつもなく、ときめくのだ。悔しい、と思うのは、私は彼より2つばかり年上なのだ。だからなんだかとても悔しい。なんか、なんか!


「こっちの手で、名前の、温度を、久しぶりに感じたいんだよ。それに……」
「…………」
「それに、お前、ふらふらしてるから、どっか行っちゃいそうで……なんか」
「心配かい?少年」


嘘だよ、そんな、余裕なんか、ないんだから。だからそんな、カチンときた顔なんか、しないでよ。なにまんまと乗せられてるのさ。だからあんた、私におちょくられてる。馬鹿だなぁ。馬鹿だよ。


「馬鹿エド。」
「んな……!」
「……本当に、馬鹿だなぁ。」
「(ひでーこの人!)」
「…………馬鹿。私が、行くと思うか。」




君の居ない何処か遠くへ行きたい、なんて。
(あぁ、なんの価値も無い!)
(それが『エドワード・エルリック氏 付き』なら、勿論行きますが、なにか?)



終。
(08.7.28)

- ナノ -