カラン、
透明なコップに、透明な冷たい氷。
それは音を立ててふたつに割れた。

「お、おい」

そして、私の目の前にいる銀髪の少年。獄寺隼人。あれ、なんでこの人こんなに眉間に皺よせてるんだっけ。

「な、何があったか知らないけどよ」

獄寺隼人は視線を至るところにさ迷わせて軽くどもりながら言葉を、紡いだ。

「そんな、泣くなよ」

あぁ、そっか。私、失恋したんだったね。
此処は私の家で、居間で小さなテーブルを挟んで向かい合ってる。ちょっとかためのカーペットの表面をゆっくり撫でながら、私は決して獄寺隼人と眼を合わせようとしない。撫でた部分だけが逆毛になって色濃くなる、そればっかりを眺めている。私が、彼を呼んだも同然なのに。

「…………」
「…………っ」

私の喉が嗚咽の度に詰まる音が静かな部屋に響く。もう透明なコップの中は何も入ってなくてただコップの表面には結露した水滴だけがはりついていて、本当は透明なコップなんかじゃなくて半透明だ。触ったら、手の跡がつくのだろう。ぼんやり、カーペットからコップに視線を合わせたら、急に中身が増えた。

「、?」

獄寺隼人を、見た。

「お前、飲みたかったんじゃねーの?」

彼はどうやら、私がコップを凝視していたのを喉が渇いたと勘違いしたようで。彼のコップが私のコップの上で傾いて、中身である麦茶がそれに従ってサラサラと落ちてゆく。コップの中の氷がふわふわ踊って、割れたふたつは離れて行った。あぁ、別に、昨日私に起こったことを再現しなくてもいいのに。
お互いのコップの中身の水位が同じくらいになったころ、獄寺隼人は手を引っ込めて残りの中身をイッキ飲みした。喉仏が、上下してる。

「あぁー、なんかやっぱり慣れねぇなこの味。変に渋いんだよ」

彼のコップが空っぽになった。そして彼の眉間の皺に磨きがかかった。(より深くなった。)結露が目立つ、さっきの私のコップみたい。手の跡がしっかり残ってそこから水滴が下へ下へ降りた。それを全て、見届けたあと。私はしっかり獄寺隼人を見つめて云った。

「……ねぇ」
「あ?」
「夏休み、一緒に海に行ってくれますか」




コップの中の氷みたいな恋をした。



(獄寺隼人は、実は優しいから)

「……まかせろ、馬鹿」

(また向かいから手が伸びてきて、)
(今度は私の頭を撫でた)


((優しい君に、私は眼から結露の水滴が))




終。
(07.8.19)

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