彼女は、名前は、へそを曲げるといつも、俺の腰に前からしがみついて抱きついて動かない。そりゃもうガッチリと。こいつそんな腕力あったっけ?ってくらい、腰の後ろできっと自分の手を自分で掴んでる。隙間無く。それは、例えば俺に対してへそを曲げていたとしてもそうだった。要するに腹を立ててる相手に向かってでも腰に前から抱きつく。ということで。
そして今日も。

「ね、ねぇ……名前」
「…………」
「(……ちょっとマズイって!)」

彼女は俺の腰に前から抱きついた。俺がなんかした、らしい。よくわかんないんだよ、俺がなにしたか。いちばん困るケースだ。自分自身なにしたかわからないとか……謝りようがない。(たとえば何もわからないまま「御免」と云ったとしても、それは中身がない空っぽの言葉と同じな気がしてならない。)しかしそれだけが今困ってる要因じゃあない。それはなにかというと。

「名前、あのさ、とりあえずベッドから、おりよう?」
「…………」
「(せめて返事だけでもしてよ……!)」

ベッドなのだ。俺の。ここは。
俺がベッドに脚を投げ出して座ってて、壁に背中をあずけてたら急に、名前は俺の腰にしがみついた。びっっっくりした。そして焦った。た、体勢が。すっごい邪な、すっごい、アレな(どれだなんて訊かないで……!)考えなのかもしれないけどこれはいけないと思う。駄目だ。だって!名前の顔の位置が!だったらせめてもう少し上にあがって欲しい……そしたら腹辺りになる。
しかし困った。とりあえず名前の機嫌を直さないといけない。じゃなければ俺が、大変だよ。……いろいろ。

「名前」
「…………」
「ねぇ、俺なんか、した?御免俺なにしたのかわかんないんだ、正直」
「…………」
「(あれ、余計怒らせた……?)ごごご御免本当……!じゃあせめてさ、ヒントみたいなの、くれよ」
「…………」

ヒントもくれない……というかクイズじゃない、し。悪いこと云ったかも……。と、俺が反省したら、名前が少し顔を浮かして小さく呟いた。


「…………からだ。」
「…………」


今、なんて云った?か、からだ?躰!?


「え、ちょ、からだ?」
「…………」


チャンスは一度だけですかぁぁあ!!
でも間違ってはいない筈だ。えええ“からだ”?なに“からだ”って……。悩む。いろいろ考えを巡らしてみた。俺の躰と云えばなんだ?山本や獄寺くんみたいにスラリとしたわけじゃないし、筋骨隆隆なわけでもないし……やせ形だけど、え、良いとこなんてないわけだから特にこれと云って目立った部分や指摘する部分もないわけでしょ?……やっぱりわからないよ……!あぁもうなんなんだよ!ちょっと泣きたくなってきたよどうしよう!てかこの場面を母さんや獄寺くんやハルに見られたら一大事だよ!特に獄寺くんなんか名前に向かってダイナマイト投げつけるだろそしたら俺も一緒に…………!


「ッ名前!!」
「!」


俺は急に危機感を感じて咄嗟に大きな声で名前の名前を呼んだ。そしたら驚いた名前は顔をバッと上げたわけだけど、なんでか、その顔は、


「……え…………泣いて……」


、泣いていた。
名前はハッとして俺と合わせていた眼を反らすと今度は俺の腹に思いきりギュウゥと顔を押し付けて強く抱きしめられた。
え、なんで、泣いてんの。……なんで。


「……名前、ねぇ、なんで、」
「五月蝿いツナ、黙って」
「ちょっと!普通黙ってらんないだろ!?なんで泣いてんだよ!」
「か、んけい、ない!」
「関係ないならなんでいつもみたいに俺にくっついてんだよ!」
「っやめてよ私がいっつもツナにくっついてるみたいじゃんか」
「そーだろ!いつもいつも機嫌悪いと俺の腰にしかも前からしがみついて!」
「ちょっ……!なんかやらしいよ云い方が!私が変態みたいじゃん!」
「別に名前が変態だなんて云ってないだろ!勝手に話逸らさないでよ!」
「云ってんじゃん!“しかも前から”って強調してんじゃん!なんで中学男子ってこうなの!思春期真っ盛りでやらしいんだ!」
「だっ、だだだだったらなんでお前いつも腰なわけ!?だいたいなんでわざわざ俺にひっつくんだよ!他にもいるだろハルとかビアンキとか京子ちゃんとかイーピンとか!」
「髑髏ちゃん忘れないでよ!」
「今別に全員揃えたかったわけじゃないからね……!(変なとこ几帳面だな……)」


なんだか思いきり話逸れたけど、とりあえず名前はちゃんと眼を見て会話してくれた。勢いってたまに大事なんだと実感した。
そしてあれだけ「くっついてる」ことを否定した名前はなおさら俺を掴むチカラを強めた。きっと俺のTシャツの腰後ろ部分はしわくちゃだ。(母さんに「何此処の部分は?」って云われなきゃいいけど……)

そしてお互いぜーぜー息が切れるくらい云い合いをして、ふぅ、と息をはいた。なんか馬鹿らしくなってきた。俺がいくら意識したって名前は俺のこと、俺みたいに意識しちゃあいないみたいだし。なんかもういいや。そう思ってやっと俺は未だ俺の腹に顔を押し付けてる名前の頭に、手をポンと置いた。やっと、触れた。


「…………」
「……名前の髪は綺麗だね」
「……な、なにそれ。」
「え?いや……、綺麗だなーって」
「山本くんみたいなこと云わないでよ。似合わないよツナがそんな、フェミニストな」
「(さっきから酷いよこの人……)」
「…………」
「…………」
「……でもさ。」
「?」


名前がもぞりと俺の腹から顔を離して、俺の眼をじっと見た。まだ涙でうるんでる眼は、少しキラキラしてる。素直に綺麗だと思ったけど、今は云わない。名前の口からちゃんと、理由を訊くまでは。


「………有難う。」




からだに涙。




「ねぇなんで今日こんなことしたんだよ」
「…………だって。」
「…………?」
「だってツナ、最近怪我ばっかり、するし。ツナは、その理由に、嘘ばっかり、だし、私信用されて、ないし、もしこのままツナ、し、し、死ん、じゃっ……ううぅ」
「ッしししし死なない!死なないから!待って!それとさっきの『からだ』って何!?」

重要なところはわかったけど素朴な疑問を投げ掛けたら実に、簡単な答えでした。

「……ツナの『からだ』に、怪我がある」
「……俺頭わるくて御免ね、名前」
「……ううん、安直過ぎて逆に誰もわからないと思う」

そんなわけで、謎も溶けて晴れて名前は俺から離れてるのかと思ったけど、逆に今度は俺が離れるのを躊躇った。少し躰を浮かして離した彼女の肩を軽く押さえた。

「、ツナ?」
「……このまま寝なよ、疲れたんじゃない?」
「……ツナのえろ」
「ッなんでたよ!誰も腰に顔つけろなんて云ってないから!ほら!」

喚いたあと俺は少し躰を下げて、名前は俺の腹というか丁度胃の辺りの上でまたぎゅう、と抱きついた。……もはやコレ当たり前になってないかな……。今さらだけど俺たち付き合ってるわけじゃない。幼なじみってわけでもない。ただ小学校の中学年頃から話すようになって、今も。たまにこうやって、彼女は俺に、たまに俺の為に泣いたりする。

今さらだけど、俺は実は名前が好きだったりする。まだ、云えないんだけど、ね。とりあえず今は俺も眠ろう。起きてから、それから「俺の為に有難う」って、云おうと思う。


(俺の為に、有難う)



終。
(08.4.28)

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