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別に神様なんか信仰してないけど、
一応礼くらいは云っとこうか。
それは、朝起きて気が付いた。
割りと目覚めの良い朝で意気揚々と洗面所に足を運んで、はた、と。洗面所の鏡に映された自らの頭を見て絶句、そして割れるんじゃないかという音を立てながら鏡に両手を付けた。なんでかって?理由はまさに“一目瞭然”だった。
「な、ななななんで髪の色が……!」
昨晩まで今まで通りだった髪色が、寝て起きた途端明るい茶色に変わっていた。そんな馬鹿な。昨晩はお風呂に入って出て髪をドライヤーで乾かしてブラシで適当にとかして、寝た。その時はまだいつも通りだった。いつも通りだったのだ。ちゃんとこの両の眼で見ました見ましたとも。でも今この鏡に映っているのは、明るい、茶色。茶色?茶色にしてはもっとこう、美味しそうな……。じゃなくて。
私はわなわなと震えた。鏡に爪を立てて今にも嫌な音を立てそうな。そして我慢しきれず、叫んだ。
「ちょ、なん、なにこれはぁぁああ!!」
叫びきると、たった今起きて来ましたという感じで大欠伸をしながら同じく洗面所に来た母親と鉢合わせ。そして辛酸な言葉を浴びせられた。母さん、眼が死んでます。
「なーにもう五月蝿いなぁ朝っぱらから」
頭をガサガサと荒々しく掻く母親を見ながら眼に涙を溜めてパクパク口を動かすも声は出ない。驚き過ぎてもう声帯が機能しないのだ。(さっき散々叫んだのに。)それをおかしく思った母は怪訝そうに眉間に皺を寄せて訊く。
「なにあんた、どうしたの泣きそうな顏して」
いや問題はそれ以前にありますでしょうお母様。私はまたわなわなと震えながら自分で自分を抱きしめるような格好をした。そしてすぐ右手を眉の上あたりの髪の毛に寄せて、摘まんだ。いや、力いっぱい掴んだ。少し頭皮が引っ張られて、痛みを感じた。
「な、だ、このあた、まっ」
「ちょ、落ち着け娘、片言以下の発言アタシにゃサッパリだよ」
「この頭なにこれぇええ!!!」
半ば叫んだ、もう悲鳴だ。朝っぱらからご近所に迷惑なのはわかっている。わかっているさでもね、これはね、そんなこと云ってられないのです。髪だよ。髪の色だよ。寝て起きたら髪の色が……。それに対しなんと我がママンは、信じられない返事をさらりと返してくれた。
「あぁ、いーでしょその色。」
今、なんと?私は呆気に取られた表情だろう顔で母を見つめた。母は「くぁ、」とまた欠伸をして目頭を押さえながら私が居る鏡の前に割り込んだ。そしてまた口を開く。
「その色ハニーピンクなんだよ」
いいなぁアタシ、ハニーまでは行けるんだけどピンクがなぁ。と母。私はだんだん嫌な予感がして恐る恐る問いかけた。
「……ねぇお母様」
「なに急に気持ち悪い」
「き、きもちわ……もしかしてさ、この頭……じゃない髪の色……」
「あぁ、うんそうアタシがやったよ?」
「―――――――。」
な ん で す と !?
「い、いやいやちょっとなんで勝手に……!!」
あまりに平然と云うもんだから思わずフリーズしてしまった。いやでも負けない私!そんな私を綺麗にスルーしようと歯を磨きだした母親に食ってかかろうとしたのだが。
「ほっほはわ、はあふはっほーひへ!」
「…………」
ちょっと邪魔!早く学校行け!
多分そう云われたので私はしぶしぶ朝の身支度を済ませ、しぶしぶ自宅をあとにした。このあと起こるであろう人生最大の恐怖体験を想像しながら。
「お、はよー…………」
そんな、後半少し上擦っている声を遠くに訊きながら立ちすくむ。あぁなんで私こんなにへこんでるんだっけ、あぁそうだママンに寝てる間勝手に髪染められちゃったんだっけそうだった。
それがいけないんだよだから今!
「あれ、なにその髪の色」
捕 ま っ た !
だからさっき挨拶してくれた友達はビクついてたんだ!なにに捕まったのか。それはそれは。
「すみません、雲雀さん、様……」
並盛中学校風紀委員・委員長。にして並盛の街最強にして最凶の人。雲雀恭弥 様。その人。……その人にです!
雲雀さんは登校する私を見つけるや否や、校門前で仁王立ち。私の目の前に立ち塞がっ、塞がられました。あぁもう敬語おかしいよ謙譲語?なんかもうそんなんどうでも良いですそれどころじゃないです嗚呼誰か!そんな雲雀さんは私が「様」なんて云ってしまったものだから眉間に皺をギュッと寄せて。
「……馬鹿にしてるの?」
「っ滅相も御座いません!!!!」
私はぶんぶん頭を横に振って否定した。ち、千切れる……!怖い!怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いよ怖いってば怖いです!!なんで今日に限ってこの最強最凶委員長さんがいるの!!神様苛めだよ私何かしましたか!?思わずうつ向いて視線を反らす。
「…………」
「…………、?」
あれ、雲雀先輩黙っちゃった。あぁそしてなんで思いきり見られて……いや睨まれて?るんだ……。蛇に睨まれた蛙。まさにそんな感じです。ひ、ひひ冷や汗が滲むよ額とか背中とか、じっとりと!気持ち悪い!今冬なのに!
「な、なにか……ご用でもありますか?」
わ、私上出来だどうしたんだ質問なんか!……いやいやちっとも上出来じゃないよどうしたのなんで質問なんかしちゃったの教室行けないじゃない遅刻になっちゃうよ!
―――キーンコーンカーンコーン……
なっちゃったよ!
「あぁぁぁ……」
私は覆うように手を眼にあてて更にうつ向いた。さらり、と勝手に母親に染められた本日の不幸の元凶の髪が視界に落ちてきた。なんだか、とっても憎らしい。思わず眉間に皺が寄った。途端にさっきの雲雀さんの表情を思い出した。雲雀さん普通にしてれば、かっこいい、のにとかいつも思う。怖いけど。本当は並盛中にファンクラブなるものが密かに出来上がっているのも知ってる。怖いけど。強者だと思う、そんなファンクラブに入ってる方々。私は怖くて、入られない。雲雀さんに見つかったときの事を考えると……うへぇ。怖いから。それに私は、怖いけどこうやって心の底らへんで密かに密かに「本当はかっこいいのになぁ」て思っているのが、怖いからお似合いなのさ。怖いから。うん、だから表立って、そんな、
「ねぇ、君」
「え、―――わっ」
もやもやと思考の海をさ迷っていた中、呼ばれたかと思えば前を向く前に額に親指を押しあてられて、グイッと無理矢理向かされた。いたいいたい痛い首の後ろ痛い無理矢理は痛い!!なんだもうやっぱり噂通り無慈悲な男だ!あぁもう泣きそうだ……!
半泣きで眼の前の雲雀先輩を恐れおののきながら睨んだら、それはそれは末恐ろしいことを彼は口にした。
「応接室に、一緒に来てくれる?」
拝啓、お母様。私、今日生きて帰ることが出来るか、わかりません。……アンタのせいだ!!
きっかけは、
その色。
(心中で母を恨んでいたら、「早く」と腕を捕まれた)
(そのとき不覚にも、少しドキドキしただなんて)
(至上最大の秘密である)
終。
(書:06.7.5)
(直し:09.1.4)