「馬鹿みたーい」

云ってみて、私らしくない声色と云い方だと思った。それは目の前にいる彼も思ったようで、ほら、少し目を細めた。

「やめなよ、らしくない」

誰も居ない……嘘ついた。私たち以外誰もいない教室で、私と退は机をはさんで座ってる。退は私の前で、躰は横を向いて上半身はこっちに少しひねって、肘を机についてる。そしてゆっくり、手を組んだ。まるで懺悔してるみたい。なにに?

「退、何に懺悔してるの?」
「?……あぁ。」

突発的な私のなんの前兆もない質問に咄嗟に気がつく君はとても鋭い。一瞬眉間に小さな皺を寄せたかと思えばすぐにそれは消える。退は頭が良い。勉学の面でも、人間的な面でも。

「そうだね。…………名前にかな」
「…………なんで、さ」

嫌な予感がした。思わず返事に間が空く。退が映ってた視界が茶色い机に変わった。私も退の真似をしてみる。懺悔する。懺悔する。……なにに?


「君は、あの人と結ばれなかった、から」


退の顔が見られない。きっと彼の顔は、笑ってもないし、泣いてもいないし、怒ってもいない。無表情、だから。退の無表情は苦手だ。怖いんだ。なんでって、退は感覚も良い。だから私が何をいつ察したかも、察する。だから逆に察されないように、そんなときは私が察せられないように表情を隠す。だから怖いんだ。何を思ってるか、わからないから。
退はやさしいけど優しくない。そんな気がする。

だから本当に懺悔してるかもわからない。本当に、私が、フラレたことを、思ってるかもわからない。今まったく違うことを考えてるかもしれない。だから。


「さが、る。」
「……なに」
「退はさ、」
「本当に今ちゃんとそのことを考えたかって?」


ほら、気付いてる。


「考えたよ。考えて云ったよ。それにあの人と名前をはじめ逢わせたの俺だったし……責任、あるし」


今退はどんな表情してる?ちゃんと、それに合った表情をしてる?おかしいなぁ私、それだけなのに、退の顔を見るだけなのに怖がってる。目線を、上げられない。唾を飲み込んだ、静かに。目尻がヒクリと動いた。


「さ、がる?」


目線、を、上げた。
退は、





顔のないヒト。


(こうかいをしたんだ)
(あのときキミとあわせなきゃよかったって)
(だからね、わざとむすばれないようにしたんだ)
(ごめんね。おれっておもったよりよわむしだった)
(キミはきづいてきてる)
(おれの、ほんとう、に)




終。
(08.5.24)

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