「なぁあんたが違う世界から来たって本当なんですかィ?」

ちょっと笑いながら訊いてみた。訊いてみたがはなっから俺は信じちゃいねェ。あるわけねーよ、そんな、話。だから笑いながら訊いてみた。そしたらこの畳の部屋の中で、しかも障子の近く尚且つ昼間の燦々と照る陽が上手くカットされて陰になってる所で、スッと背筋を伸ばして正座をしているこの目の前の女……いや俺とさして歳は変わんねェ少女は、決して俺を見ずに云った。

「さぁ。貴方が思われた通りなのではないでしょうか」

とても、通る声だった。女の声はこうまで通るものだったか。声の高さは高くはない。しかし低くもない。今の季節とは真逆の、冬の空気のような声だった。俺は面白くなってこいつの目の前に座りこむ。あぁ、陽が暑いから障子は閉める。パタン、と軽く障子と柱がぶつかった音がした。
この少女は、面白い服を着ていた。なんだっけ。ある種のおっさんが欲望やら羨望やらを果たすべく脚を運ぶミセの女どもが着ている服に似ている気がする。ヒラヒラの短いスカートだとか、白いYシャツの上に灰色のカーディガンだとか。(暑くねーのかィ。)ジャケットは流石に綺麗にたたんで躰の左側に静かに置かれてる。……じゃあこいつはそこのミセの従業員?にしては醸し出される雰囲気がちょっと違う気がする。
わからない。今まで人は沢山見て来た。でもこんな、読めない女は、逢ったことがなかったかも、しれない。

「……あんた、名前は」

思わず訊いていた。訊いたところでなんになるんだか。しかし興味は消えそうにない。だけど。

「お教えしたところで、何になるのです」

まさか拒否されるとは。やられた。俺はどうやら嫌われちまってるようで。ふう、とため息をつく。さっきから一向に眼も合わせて貰ってない。どうしたものかと悩み始めたとき。


「…………さか、た、さんは……」


初めて彼女の方から話題をふってきた。しかも内容は万事屋の旦那ときた。なんだ、これ。しかし話を切りでもしたらもう二度と口を訊いちゃくれねェ気がして一応訊き返す。


「万事屋の旦那がどうかしましたかィ」
「……坂田さんは、今、何処にいらっしゃるか御存知ですか……?」
「…………」

初めて俺の眼を見た。そして、なんだよ。そんな顔できるんじゃねぇか。なんだよ。そんな不安そうな、顔。
俺は一度目の前の女から視線をずらして畳の目を見た。少し古くなった畳はもう枯れ木色で。ちょっとパサついてる気がするけど此処は男だらけの真選組ですから、そろそろ畳替えようか、なんて云い出すマメな奴なんてなかなか居ねェのさ。


「……御存知でないのなら良いです。ぶしつけに、すみませんでした」


あぁ、ほら。俺が意識的に拒否をしたら向こうは知らないと思って謝ってきた。ほら、そんな哀しそうな顔をして。なんだ、俺でも、なんだよ、俺でもあんたにそんな顔させることが出来るんじゃねェか。なぁ?
あぁ、面白い。面白いけど、おもしろくない。そんなのうわべだけだ。確かに俺によってこいつはこの顔をしたけどそれは旦那を媒介した話。そんなのじゃ、俺は満足したりしない。出来ない。


「万事屋の旦那、気になりますかィ」
「だったら、何なのですか」
「別に良いじゃねーですか。教えてくれたって」
「……メリットなんてないでしょう、貴方に」
「貴方じゃねーや。沖田総悟っつう名前がしっかりあるんでさァ」


バッ、といきなり俺の顔を見た目の前の女に俺はニヤリと、笑った。勘づいた。この女。俺の、まず一番最初の小さな、罠に。あぁほら、やっぱりこうでなくちゃ。誰かを媒介にするのではなく、己の手でちゃんと、相手の心を翻弄しなくちゃ。ねぇ?




さぁさ、お嬢さんこちらです。
(俺の掌の上へ、)




終。

当時初のトリップネタ。
(08.8.25)

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