雪がはらはら降りだしたのは昨日の夜中からで。
俺の眼には、名前はどうにも無理してはしゃいでるようにしか見えなかった。淡いブルーのあたたかいマフラーをひらりと翻して、着物だから小走りで、道の真ん中を堂々と走り回る。まるで、犬。

「おーい、アンタいくつでさァ」
「おーい、黙っとけサディストォ」

語尾にはハートがあるような云い方だけどきっとその色は黒だ。きっと。そんな、俺にも負けねェような黒さをもつこの女との関係は、ただの“仕事仲間”。そう、ただの。
今日はお互い非番だから暇だということで名前に午前から街にくりだされた。あぁまだ少し眠い。だけどここは相手がコイツだから、こう少し眠くてもその躰を無理矢理動かしてこうやって街を歩ける。雪が降っていようとなんだろうと。でも絶対そんなこと本人にゃ云えねーや。いや云わねー。なんだかちょっと笑えた。その口の緩みを首にぐるぐるに巻いたマフラーに埋もれさせた。
かぶき町の一角まで差し掛かったところで、ひとりの侍と鉢合わせ。俺はすこぶるこの人にゃ逢いたくなかった。妙にこの、はらはらと降る雪の似合う死んだ魚の眼をした男。

「あれま、沖田くん。いつからそんな可愛いお嬢さんと仲良くなったわけ?俺にもわけてよ少しくらい」

なにほざいてんだこのお方は。(朝っぱらから酔ってんのかィ)万事屋の旦那。気味悪いニヤけ顔で俺らを見るんじゃねェや。てか「わける」とか彼女が沢山いるみたいな云い方しねェで戴きたい。でも否定すると負けた気がするから否定はしない。

「旦那、旦那にわけるくれェなら山崎にわけた方がまだあの世に悔いなく逝けますぜ」
「なに沖田、あんた死ぬの?」

俺の隣であっけらかんと云い放つコイツはどーしたものか。抑揚のない声でひでェことを。てか否定しないことに引っ掛かれよ。
確かに、そういう仲じゃない、けど。

「お嬢さん、顔の割りにすげぇヘビーなことをさらッと云うねぇ」
「そりゃどーもぉ」

旦那と良いテンポで会話する名前に少しイラつく。なんだ、俺、しっかりと、妬いてんじゃん。あ、なんだか余計居たたまれなくなってきた。


「……じゃぁ旦那、俺ら此れから出かけるんでこれにて」
「なになにデェト?デェトなのかい若いなァ」
「旦那、あんまりしつけェと、ぶっぱなしますぜ、『アレ』を。」


『アレ』=バズーカ。
流石の旦那も面倒事は御免なようで。手をひらひらさせて、ニヤリとまた笑った。

「どーどー沖田くん、いかんよ若者がこんな市中のど真ん中で「ぶっぱなす」とか猥談は……あ、でも逆にそれが若者ってこと?あーぁいいなぁ若いっていいなぁ」

どうやら俺の見込み違いのようだ。(ぶっぱなすのどこらへんが淫猥なんだか。)いいかげんおおらかな(?)俺でも眉間にシワが寄る。そしてその眉間のままいつものあの黒いと云われる笑顔で。

「……旦那、“松”“竹”“梅”のどれがいいですかィ?」
「え?……じゃーあ“しょ、」


―――ドガァァァァン……!!


うん、スッキリした。

「……おきたー、アレ大丈夫?」

真顔で、吹っ飛んだ旦那を見てその旦那を名前は『アレ』と呼んだ。うん、ちょっと優越感。
“松”バズーカの音とかで集まりだした野次馬に若干苛つきはじめたところで名前は急に何かを閃いたようにポン、と手を叩いた。そして俺を見て云った。

「あ、沖田、雪酷くなってきたし寒いし、美味しいアタシの手料理御馳走してあげるからさ、あがってけば?てかあがれ。」

半ば強制なとこは訊かなかったことにして(普段の俺からは想像出来ないヘタレっぷりには眼を瞑れ)、俺らの眼の前を良く見れば、……云うならば、廃屋。いやなんかもっと合う言葉があったような。


「…………廃屋?あ、はいき、」
「“廃虚”っつったら首飛ばす。」
「……はーい。」


どうにも俺は名前に弱い。情けない。
二階建て。一階は寂れた駄菓子屋。
主人らしい老婆はレジで膝に猫を寝かせて自らも寝てた。(アンタ絶対何個か菓子盗まれてますぜ、絶対。)そこだけゆっくり時間が流れてるみたいだ、なんて柄にも無くロマンチストを気取った自分に“竹”のバズーカを撃ち込みたい。(“梅”じゃないのはそれだけ自分らしくなくて嫌気がさしたから。“松”じゃないのは……まァあの旦那を見りゃぁ、ね)(だって俺ァMじゃねーんで。)
そして二階がアパートのように部屋が幾つか備わっている。なんだか本当に廃虚のような佇まい。辛うじて一階のこの駄菓子屋のおかげで「あ、人住めんだ?」と認識する。全体的に良い具合に錆び付いている。廃虚マニアなら勢い良く飛び付くんじゃなかろうか。なんて。マニアの飛び付く具合はよくわからないけど。

「沖田ぁー、あんた何ぼーっと駄菓子屋覗いてんのさ。」
「……あ、いや」
「なにあんた熟女趣味あったの?御免知らなかった」
「…………」

階段のいちばん上から呼ばれた。(いらん発見報告込みで。)なんでそうなるんだアンタの頭の中はどんなシステムだ。すげーツッコミたいけどキャラじゃないからしやせん。なんかむずがゆい。どんだけツッコミたいんだ自分。
しぶしぶ階段をのぼって一番奥の部屋。そこに辿り着くまでの床がキシキシ鳴いて、いつ抜けるか落ちるか、ちょっとだけ気になった。(まぁそのときは名前も道連れに)
そんなことを考えていたら、表札手書き《苗字》の目の前に立っていた。今日は良く考え事をする日だ。そして名前が自宅の鍵を開けてドアをゆっくり開いた。

「はい、お入り沖田」
「俺は犬ですかィ」

あ、しまったツッコんじゃった。

「あーはいはい幕府の狗でしょはいはい」

ぅわ、流された。しかもめんどそうに!
背中を押されて部屋の中へ。其処は思っていたより全然綺麗だった。床や壁もちゃんとしてるし(壁紙が綺麗に、たぶん買って貼ったんだな)、外見からは想像出来ないと云っても過言ではないだろう。別世界とはこのことを云うのか。
キョロキョロしないように、名前にバレないように眼だけを素早く動かして見回した。筈だったのに。


「ちょ、沖田っ、恥ずかしいからジッと座ってテレビでも見ててよもう!」


バレないように細心の注意を払ったのに。
……やっぱりコイツはなにかを怖がってるのか。
無理してはしゃいでたのも、
(いつもならもっと落ち着いていた、)
旦那に興味がないフリも、
(いつもならもっと他人になついてた、)
俺が駄菓子屋に意識飛ばしてたときも、
(いつもなら気付かずに置いてかれてた、)

なにより、アンタならもっと綺麗にわらってただろうが。一気に思考が溢れ出す。


「はは、どしたの沖田黙っちゃって、」


なんだその眉尻下げた笑顔は。


「沖田ほんっとに謎だねどう扱えばいいんだかわからないよ、」


視線を右下に流すのも、おかしい。


「まったくいっつもいっつも、―――っ、」

―――ガタ、


「…………いっつも、何?」


気付けば台所に立っていた名前を冷蔵庫に追い詰めてた。眼の前では追い詰められた奴が驚いて眼を見開いてる。
は、なんてだらしねェ面してやがんでェ。


「、ち、ちょっお、沖田なにがどうした、」
「質問に答えなせェ、俺はいっつも、ナンデスカ?」
「なっ、なにいまそんな場合じゃ、」
「そんな場合なんですよ、ホラ云っちゃえ今がチャンスでさァ」
「ばっ、馬鹿馬鹿余計近付くなっ!」


茶化してるような口調と言葉でも俺自身はかなり真剣な質問をしている。性格上悟られたくはなくて天邪鬼な状態。だからもうお互いの唇がくっつくかくっつかないかってくらいまで、近付けた。近付けた。
近付けた、けど。


「…………アンタは、」


名前は一体なにを、


「なにを、…………隠してるんだ」


さっきの位置から幾分奥にあった名前の耳にそう呟いて、離れた。真剣に眼を見据えたら、光の無い瞳で見返されて。
次にコイツが口にする言葉はとんでもなくコイツ自身を、痛めつけてきたんだと、感じた。





飼い慣らせない、刄。



(ねぇ、沖田)

(アタシね、)



(もうすぐ  んだ。って、)





終。
(書:07.5.21)
(直し:08.1.22)

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