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「サンタが殺しにやってくる、って知ってます?」
とんでもないことを云い出したやつがいる。それはこの眼の前の、普通の高校生の格好をした普通の女の子。俺は彼女を苗字と呼んでいる。この場所ではだいぶ浮いてる苗字は今さっき云った言葉の中の名詞とはまるで無関係のような良い笑顔で俺に笑いかけた。俺はひくついた笑いしか返せなかったんだけど。
ここは警視庁情報犯罪課で、俺は今さっき昼飯を食い終えて戻ってきたばっかりだ。めずらしく牛丼なんて重いもん食わなきゃ良かったと後悔しながら胃の上をさすりつつ、情報犯罪課の戸をくぐって自分のデスクに眼をやると、居た。女子高生。あの女子高生探偵とは違う制服。彼女は俺が戻ってきたことに気がつくと笑顔でひらひら、手を振った。
「今日和ぁ、筐口さん」
制服姿からすると学校は半日だったのか、もしくはサボりか。どっちでも良いけど、そこ俺の席。苗字はデスクチェアでその俺の意見するような眼差しを跳ね返すごとくくるくる回る、遊ぶ。俺は深いため息をついた。
「苗字、何しに来たんだよ。遊びに来たわけ?」
回る彼女に構うことなく近づいた。ずっとドアの真ん前で突っ立ってるわけにもいかない。あぁ何だか胃がもたれてきたかもしれない。胃薬あったっけ、そう思ってデスクの引き出しを開ける為、苗字が回してる椅子の背もたれを掴んで止めようとした。瞬間、さっきの物騒且つまるで子どもの夢をぶち壊すような言葉を彼女は吐いた。
「サンタが殺しにやってくる、って知ってます?」
ギィ。椅子の鈍い音を立てて苗字は自ら回ることをやめて俺を見上げた。良い笑顔で。デスクチェアに狭そうに体育座りをしてる苗字のスカートは短い。俺は健全な?19歳ですから?勿論そこに眼が行きます。けどさ。今の台詞で何だか俺はひくついた笑顔しか返せずにさっさと胃薬を引き出しから探し出す為に彼女の両肩を持って少し押した。カラカラとデスクチェアの滑車は鳴いて引き出しから遠ざかる。その間苗字は俺の顔を何故かじっと見つめてる。俺は前屈みになって引き出しを開けてガサガサ漁りだした。
「…………そんなに見てても俺、サンタが殺しにどーのこーのは知らないから」
「はい。そうですね。知らないって顔されてましたもんね」
「……あ、そ。」
「ちなみに私今日、ぱんつの上にはなんも履いてませんよ」
「何?俺に見て欲しいの?じゃあ遠慮なく」
引き出しを漁る手を止めて、ゆっくり苗字に顔を向ける。デスクの端に左手を置いたまま彼女を見たら前屈みのままだったから顔が斜めに見えた。彼女は真顔で俺をまだ見つめてた。急に空調の音が五月蝿い気がした。意識を周りに散らしたら情報犯罪課の部屋の中には俺と苗字だけだったから、なんだ。そう。じゃあ本当に。ゆらり、と。左手をデスクから離して苗字に何だか海中の波に流された海藻みたいに近づいた。左手を苗字の腿にそえた。まず手始めにその口を頂戴してやる。瞬間。
「はっぴー?」
視界の端で彼女の口が動いた。視線を相手の口元に持って行くと、唇の輪郭がやけに紅く、あかく見えて。眼がぱちぱち、した。少し身を引いて、体勢そのまま眼を合わせてみたら、なんだかそのまま動けなくなって。間抜けな声しか、出やしない。
「……は?」
「はっぴー?今日は。」
「……誰が?」
「貴方が。」
「…………え、と」
あと少しで、その口、喰えたのに。その紅い口。戸惑わしてやりたかった筈なのに戸惑わされたのは、結局のところ、
「はっぴー、ですか?筐口さん」
「……は、はっぴー……です」
「そうですか。じゃあほら、はい」
結局のところ、口を喰われて戸惑わされたのは俺だったり、しました。てか、あんた、サンタが殺しにどーのこーのはなんだったんだ。
倖せならキスをし(てあげ)よう。
きっと()の中が本心なんだろう。
終。
(08.12.28)