「好きなんですよ」


事も無げに目の前の少女はそう云った。俺は悠々と吸っていた煙草に見事むせた。「げっほげっほ」とかカッコ悪ィな。左手を緩く握ったものを口の前まで持ってきて「げっほげっほ」。あーちくしょう喉いてェ。ちょっと涙目な俺に少女……苗字名前は「先生、もう年ですね」と云いながら背中を撫でてくれたりした。一言多いんだよ、一言。ただ撫でてくれてりゃ何だかちょっとキュンときたりしたってのに。
今の時刻はPM12:05。まだ4限の真っ最中。なのに俺らは屋上に居た。今日は快晴。昨日台風がこの街を通ったせい。カラッカラに晴れてやがる。じっとりと汗をかく。あぁ、白衣の腕捲るだけじゃ駄目だこりゃ。俺は白衣をおもむろに脱いだ。


「(あちーな畜生コノヤロー)」
「……先生、あの。」


別に無視をしたわけではなかった。暑さに頭がぐらぐらする。あー畜生眼鏡もうざったい。ネクタイも邪魔。もともと緩いネクタイをさらに緩めて眼鏡はそのままはずさなかった。ぐい、と中指で眼鏡をあげる。白衣は今フェンスを背中に座ってる場所のすぐ横にぞんざいに置いた。グシャグシャの白衣。それを見た苗字は無言のままコンクリートに膝をついてゆっくりグシャグシャの白衣を手にした。何、たたんで、くれんの。
彼女の方は、見ない。だけど口は開いた。


「……好きって、なにが。」
「…………は、それ、訊きますか」
「俺は、意地が悪ィから」
「そんなの知ってます。でも、だからって」
「…………」


たぶん今苗字は唇の先をやや尖らせてる。最近ではもうこいつの声色でどんな表情になってるかをわかるくらいになっちまった。あぁ、なんか、駄目だろ。いろんな意味で。
俺はやっと苗字の顔を見る。……ほら、案の定。

「可愛くねーよそんな顔したって」
「五月蝿いですよ、先生のくせに」
「なにそれ、どういう意味ですかぁ?」
「あーなんかムカツクなぁこの人とってもムカツク。」
「そう思うならさっさと教室戻れよ、ここ俺のベストプレイス。邪魔しないでくんない?」
「今あんたの授業だろ3Zは!」

あれ、そうだっけ?
そう訊けば「はぁあ」と盛大にため息をつかれた。綺麗にたたまれた俺の白衣。それを俺の腿の上に静かに置くと苗字はゆっくり立ち上がる。少し赤くなった膝を軽くさすると、俺を見下ろしながら、軽く、睨んだ。


「……坂田、先生」
「なんですかー」
「先生は、嘘をついたり、するとき必ず、眼を合わせません、よね」
「…………だから?」


ハッ、と鼻で笑った。笑った瞬間、緩めに緩めたネクタイをがしりと掴まれて。掴まれて、苗字は俺の腿の上にどさりと跨ぐように座って。座って、ネクタイを思いきり自分の方に引っ張って。引っ張って、彼女は俺にキスを、した。





まるで、幼子のようなそれだった。





「…………なんで、抵抗しないんですか。嫌なら、避けるなら、最初から抵抗すりゃいいじゃないですか。なんなんですか毎回毎回私がこうやって強行手段に出るまでまるで蛇の生殺しですよなんなんですかなんなんですかいい加減にしたらどうですか馬鹿にしてんのかあんたふざけんなふざけんなよ、私は…………私は、本、気、」
「なァ苗字」


泣いてるのをバレないように、そう捲し立てた苗字の声を名前を呼んで遮った。そしてうつ向いてる彼女の頭を撫でて。優しく。毒を流し込むように、優しく。

俺は、突き放すことも、抱きしめることもせずに、ただただこの生ぬるいだけの関係を延長させている。
(だって怖いじゃねーか。彼女にはこれからまだまだ出逢いがある。)




終。
(08.7.30)
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