「私はそんなにいい子じゃないよ」


彼女はそう云って空になった紙コップをぐしゃりと潰した。その音が思ったよりも大きかったからビクリと肩が揺れてしまったけど彼女はずっとずっと遠くを、この公園の大きな滑り台から見える夕陽を見ているから気付かれずに済んだ。良かったと思う。きっと気付かれてしまったら彼女は即刻謝ってくれる。「驚かせちゃった?御免ね」って。敏感だから。いろんな意味で。


「あぁねぇ弥子ちゃん、夕陽って真っ赤だね。真っ赤過ぎて全部が赫に見えるよ。なんで夕陽が赤いか知ってる?それはね、」


赤がいちばん遠くに届くからだよ。だから私あの赫を忘れられないの。あの赫色を忘れられないの。夕陽の赤とあの赫って酷似してないかなそう見えない?私だけ?私だけかなぁだってね、全部が赫いんだよ、全部が。すべてが。なんだか私さえも赫いのかとか思ってしまうほど、視界が、思考が。


彼女はそこまで云ってやっと、息を吸った。彼女にしてはだいぶ言葉を発した方だと思う。こんなに自己的に喋るのはなかなかないことだから。この夕陽にはそんなチカラがあるのかと少しばかり嫉妬したけれどその夕陽もそろそろ沈む。そしたらやって来るのは紫と群青と黒の世界。赤い太陽から銀色の月に主役は交代する。
隣を見やれば彼女は、立ち上がってまたまた遠くの遠くを見ていた。その眼は太陽よりももっとずっと遠くの遠く。私には計り知れない場所を、見ている。視ている。


夕陽が沈みきる直前、いちばん最後に光る赤に彼女の躰がすべて呑み込まれて、赫くなったように、見えた。気がした。



終。
(08.5.29?)
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