まだ開けてない炭酸ジュースの500mlペットボトルの蓋部分を持って左耳に近づけて、ボトルの丁度真ん中辺りを指ではじく。途端にきこえる「ボォン」という除夜の鐘に似た音。耳の中に真っ直ぐ届く、あぁこれが好き。だから開ける前に必ずやってしまうのさ。開けてしまうとそれを楽しめなくなるから。ペットボトルの冷気が耳に当たって気持ち良い。……ふふふ。
そしてその場面を見られてることにいつも私は気付かない。だから今日も、ほら。

「気味悪いよーひとりで笑ってると」

耳に当たってた冷気が遠のいた。あぁ、私の至福の時間が!私は遠のいて行った方へ、私の左斜め後ろへとデスクチェアの滑車を利用してくるりと振り返った。

「筐口、なにすんのさ」

そこにはいつものごとく新芽色のトップネックの服を来た筐口結也がいた。相変わらずその丸いのにちょっとつり目な感じが生意気。……この小僧。(いやたいして歳変わらないんだけどさ……)(なんか、さ)
私はなんだか急に歳をくった気がしてちょっと傷心していると、プシュ、という何かが抜ける音がした。ハッとしてそちらに意識を動かすと、なんとまぁ、私は勢いよくデスクチェアから立ち上がった。ガシャンと音が響いた。

「ああああ!私の楽しみ!楽しみが!」
「ななななんだよいきなり!なに!なに!」
「馬鹿!筐口馬鹿あんたそれなんで開けちゃったの!」
「の……飲みたかったから」
「あーもう……」

脱力。私は何故かちょっとビビってる筐口からペットボトルをゆっくり奪い返して(迫力皆無)それを眺めた。透明な液体。炭酸の気泡が上へ上へとのぼってく。シュワワワワという弾ける音。完全にペットボトルは開封されてしまった。

「……え、なんか、御免……」
「……ううん。御免私おとな気なかった」
「…………」
「あんた今絶対心の中で頷いただろ」

はぁ、とため息をついて、開けられてしまったからには炭酸が抜ける。だからその前に、とひとくち口に含んだ。あぁ、これ。これですこれなんです!このシュワシュワした口の中!ちょっと今飲み込んだら食道がピリピリしちゃいそうなこの炭酸!これが苦手って人もいるよね。うんたまにちょっとこれ痛いよってときある。でも今この疲れた躰にはこのパンチは必要なのよ。
ペットボトルの蓋(なんて云うの、キャップ?)をまたも筐口からゆっくり奪い返して(迫力皆無)しっかりしっかり閉めた。炭酸様、なるべく抜けない、で。(……無理だよね、知ってるよ!)

「……炭酸、好き?」
「ん?」

いきなりそう訊かれて思わず訊き返してしまった。炭酸……、んー。デスクによりかかってまたペットボトルを見つめる。

「そうだなぁ、そんな毎日は飲んでない。疲れたぁって思ったとき、かな。飲むのは」
「へぇ、そうなんだ」
「なにさ、筐口はコーラとか好きそうだね」
「あーまぁそれなりに。でも俺は珈琲派だよ」
「嘘!……ミルクは?」
「極力入れないけど」
「…………さ、笹塚さんと一緒」
「……なにその信じられませんみたいな顔。やめてよ」
「ご、御免そんな顔してた?」
「してたしてた。傷ついた」
「嘘つけー、あんたそんなことじゃかすり傷さえ付かないでしょ!」
「あんた俺を何だと思ってんだよ。」
「ただのインテリ少年」
「なんか“ただの”にすっげぇ嫌な感じがするんだけど」
「あーもういじけるなよ、ほら」
「は?いじけてなんかな……。」
「……なに、どうした。」

筐口が何故か私の手元を見て固まった。なに、バグった?(筐口にかけてみようとしてパソコンがわからないからおかしくなることをなんでも「バグ」にしようとしてしまう、哀しさ)

「いやこっちが、なにどうした」
「え?これ?筐口にあげるよって意味だよ」

彼に向けて差し出した私の手にはさっきの炭酸ジュースのペットボトル。今さっき開けたばかりだからまだ炭酸は残ってるし。何か文句でも?云えば筐口は頭を少しかいた。

「いや……別に……ただ、」
「だったらほら!あげるから、拗ねないの」
「拗ねてないから!なんでそんな子ども扱いなんだよあんたと俺あんまり変わんないじゃん歳は。だいたいさっきだってひとりで笑ってて怪しかったし……」
「あーあー五月蝿い五月蝿いほら!仕事戻れ情報犯罪課!」


















あの人、気付いてるのかな。いや、気付いてないだろうし、なにより気にしてないな。ましてや、

「俺のこと“男”としてなんか見ちゃいない、な」

情報犯罪課に向かう道中ぽつりとひとりごちた。なんだか急に虚しくなる。わかって、る、さ。俺まだ未成年だし。あの人一応成人してるし。結構人当たりいいから一課で評判良いし。ヒトには好みがあるからそれぞれだけど、あの人は俺の部類で云えば「可愛い顔」だ。一課でもそう同じこと云ってた人、何人かいたし。……なんだよ、俺、


「マジ、じゃん、か。」


情報犯罪課の扉の手前の壁。そこで立ち止まって、肩を壁にくっ付けて、側頭部もコツンと当てた。少し壁に体重をかけて、さっき貰った炭酸ジュースを見やる。まだ重みがある。だってあの人はまだ一口しか、飲んでない。一口。そう、そうだよ。あの人、飲んだんだよ。いいのかよ、そんなもの、男に渡しちゃってさ。……あぁ、そうだった。

「俺、“男”として見られてないんだったっけ」

……ちくしょう。なんだよ、むかつくなぁ。なんだよ。自分だって子どもっぽいくせにさ。………………わかったよ。わかった。やってやろうじゃん。俺は天才って云われてんだよ。機械みたいに上手くいかないことはわかってるさ。でも俺には俺のやり方があるんだ。どうにかこうにかして今まで以上に接近して、とりあえず『俺』を意識させてやる。そのあとは、そのときだ。




マカロンが忍び


終。
(08.4.1?)
タイトル:レモネイド様より拝借。
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