天気予報は先週から、今日雪が降ると云っていたのは朝まで覚えていました。そして今朝も、天気予報のお姉さんが「今日は必ず傘を持ってお出かけください」と綺麗な笑顔で云っていました。ですがね、人間覚えていられるものの個数には限界がありまして、一昨日買ったインナー何処行ったけなぁとか、あの赤いパンプスに合うニーハイどれだっけなぁとか、やっぱり寒いからニーハイとかやめて違う服にしようかなぁとか、今日のお昼何にしようかなぁとか、そういえば笛吹さんの云われてた書類昨日までだったのになんで私の手元にあるんだっけなぁとか、そんなこと考えてたら、今日は雪が降るから傘を忘れないようにしなきゃ、なんて。


「忘れるよね……!」


しんしん。しんしん。びゅおー。
デニム生地の長めの裾のサロペットにカーキ色のジャケット姿の女がひとり。空を恨めしそうに見上げて呟いてます。(よおし説明うまくいったもんね!)(←けっしてあのアホ牛じゃないもんね!)わたくし、苗字名前は文字通り傘を忘れてただいま警視庁入口でぼぉっとつっ立ってどうしようか悩んでいます。本当、悩んでいます。悩んで、います。悩んで……。

「(ど、どうしよう。どうやって帰ろう。と、いうか今日の夕飯どうしよう。今冷蔵庫にカク○ルパー○ナーと麦茶と牛乳しかないよ。なんで飲み物ばっかりなの。昨日卵全部使わなきゃ良かったなぁ。なんで3つ全部使って「贅沢な玉子焼き!」なんてやっちゃったんだろう馬鹿だよね、私馬鹿だよねうんみなまで云うなわかっているよ知ってるからあああ何この葛藤今此処から家までの帰り方より今日このあとの夕飯でいっぱいの葛藤ってなんなの?私そこまで食欲旺盛なの?弥子ちゃんと同じ?それは凄い嬉しいよだからまぁいっか。)」

じゃなくてね?
今からどうやって帰ろうかっていう、その、帰らなきゃ夕飯も食べられないんだからね。そうだよまず帰らなきゃ!走る?警視庁から駅まで頑張って走ってどれくらいだろう?あー私もうなんで免許持ってないのかなぁ。


「…………苗字さん?」


私が運転したら毎日必ず3人は病院送りにしちゃうからやめておけって笛吹さんに云われたよなぁだからやっぱり車は無理だよねでも電車ってデメリット多いよだって遅延とかさ、不可抗力なことあるじゃないそれで遅刻して笛吹さんに怒られるのなんか癪なんだもん。


「……あの、おい、苗字、さん」

「なんで笛吹さんってあぁなのかななんであんなに声おっきいの?笛吹さんて腹筋割れてるの?」
「見たことないけど笛吹はけっこうしっかりした躰だと思うよ」
「そうなんですか!へぇ頑張ってるんですね笛吹さんって」
「あいつプライド高いからな」
「背は小さめなの、に……ねぇ……」
「それ笛吹に云ってみな、面白いから」
「…………ささづ、か、さま。」
「……やっと気付いた?(、さま?)」

笹塚さんはコートを着て私の隣に、隣、にいらっしゃいました。い、い、いつから!?いつから!?私は一歩後ずさって苦笑いした。私自分の思考に浸って笹塚さんが隣に居たことまるで気づかなかった……!笹塚さんは私がパニックなのを知ってか知らずか「あー……」と雪が降りまくってるのをただただ眺めてる。

「笹塚さんも、傘をお忘れですか?」
「うん、まぁ、でもコレあるから」
「あ。」

コレ、と云ってコートのポケットから取り出したは、車のキー。あぁそっか、笹塚さん免許持ちだったよね。
私は「ハァ、」と小さくため息をついて頭をかいて笑った。

「車があれば百人力ですもんね!それじゃあお気をつけて、スリップして事故るなんてやめてくださいね」
「……あぁ、じゃあ」

そして笹塚さんは一歩、私より前に出た。じゃく、ともう水分になりかけてる溶けたシャーベットみたいな音がした。私は空へまた眼を向けた。やみそうにない。雪。好きなのになぁ雪。今は嫌いかも。それにやけに静か。いつもなら車の音が五月蝿いのになんでだろ。足音もしない。雪が降るときは静かだからなんか怖い。あー私淋しいのかな。なんか淋しい女みたい。どうせフリーだもん。いいもんね!(←決してあのアホ牛じゃ以下略)


「ねぇ、」


は、として空から眼の前に視線を戻せば、あれ、少し雪が乗っかってる笹塚、さま。


「……乗ってく?」


彼の指にあるチャリ、と音がしたのはさっきの、コレ。車のキー。私はなんとなく、たぶん、どうしてか頬っぺたが熱い。デニム地のサロペットのお腹あたりをギュッと握って、「でも、悪い、ような」と嬉しさと申し訳なさに出た言葉にはなんか色がついている。あれ、私、急に女の子めいた。

「気にしなくていいよ。それにこのまま苗字さんがひとりで駅に向かって雪に呑まれていく方が、気になる」

ただ今の笹塚さんが雪に呑まれて行ってるような気がするけど、なんか、私今すごい、



ハートフル。
(恋とまではまだ云えないけれど)
(きっと私はこのあと、)


((あ、さっき云った「雪。今嫌いかも。」))
((やっぱり無しで!))



終。
(08.2.10)
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