「筐口、さん」
「あ、名前。なに?」
「あ、いやあの……あの」
「…………どーした?頭打った?」
「う、打ってません!(どういう意味だ!)」
「なんだよ、俺これから(めんどいけど)書類データにしなきゃいけないんだよ」
「……あ、そうなんですか、じゃあすみませんお邪魔しちゃいましたね」
「え、あ、いや、そ、」
「じゃあ、失礼しました」
「!、ちょっ、あ、…………」

パタン、と情報犯罪課のドアは閉まった。筐口は少しデスクの椅子から腰を上げているという中途半端な体勢で、ドアを見つめてる。少しして、彼はまた椅子に座った。そしてかけていた眼鏡を額まで上げて、グイと目頭を押さえて天をあおいだ。


「……あーああああああ、なんでかなぁもうさぁ……」


墓穴を掘ったと自ら思った筐口は目頭から手を離して目を開けた。天井を睨む。睨んだところで、なにも変わりはしないけど。(汚いな天井、とか思っただけ)
彼女は、名前は今日の世界的共通(?)行事の関係でここにわざわざ来たのだきっと。違いない。ただそれが筐口自身が関係ある当事者かはわからないけど。

「(バレンタイン、ねぇ……)」

世界行事・バレンタイン。まさに今日はその日だ。筐口は、名前が誰にチョコを渡すのか気になっていた。それは筐口が名前を好きってことで。それなのにちょっとからかったら彼女は出て行ってしまった。

「……馬鹿じゃん俺……はーぁ」

ため息ついて首を元に戻して、気分直しに飲み物を買いに情報犯罪課を出て行った。






なんかこうスカッとしたい筐口は自販機でペットボトルのコーラを買った。ガタコン、と取り出し口に落ちたのを耳で確認して、屈んでコーラを取ろうとした。そのとき。


「わーい!それくれるの俺に!?有難う!」


この馬鹿っぽい声は……。


「(石垣さんか)」


見なくてもわかる。ある意味石垣は警視庁では有名だ。ある意味で。そんな人にバレンタインのプレゼントを渡すという物好きがいるとなれば気になる。どんなお人好しまたは物好きが。筐口はコーラを手にして上体を上げた。そして声のした方へ歩く。
捜査一課。その部屋をちらりと覗けば。
丁度入り口付近。すぐに見つけた。



そこには先ほど、情報犯罪課にいた名前がにこにこわらってる。その目の前に馬鹿っぽい声の人。その人は掌に星形の塊の入った透明な小袋を乗せている。その塊とは、チョコ。

「…………。(あー、)」

筐口はこっそり、自分の陣地に戻って行った。情報犯罪課の部屋の中、ドアのこちらがわで立ち止まって、なんとなく先ほどの出来事を自己処理した。「さっきのは、バレンタインはバレンタインだけど、石垣さんに渡してくれっていうそれってことか」と。なんだか気持ちがげんなりした。コーラの炭酸もスカッとするどころかイラッとした。自分のデスクについて、椅子の背もたれに体重をかけてまた天をあおいだ。天井はやっぱり汚い。コーラを強く両手で握った。

「…………なにしてんだろ、俺。」

はーあ、と大きなため息をついて躰を元に戻したのと、情報犯罪課のドアが開いたのはほぼ同時だった。


「…………」
「……?、っ!」


ドアの隙間から黙って顔だけ見せてる、先ほど捜査一課の入り口付近でチョコを石垣に渡していた名前がいた。筐口はギョッとしてガタリと椅子から立ち上がった。すると彼女はスススと静かに部屋に入る。ドアを閉めた。そして何故か「ふふん」とわらった。

「今、私が化けて出たと思いましたね?」
「は?思ってないよ、だって名前生きてるじゃん(なにこの幼稚な俺の反論、)」
「いやいや今の驚き具合はその類いの驚き具合ですもん。それに世の中には『生き霊』ってのもいますからね」
「そんなに自分を幽霊にしたいのか」

ハァ、とため息をついてまた椅子に座ってずっと額にあった眼鏡を下げた。そして気付いたようにコーラを飲んだ。今はコーラの炭酸のおかげで頭が落ち着く。ボトルのキャップをしめたと同時に、視界に『赤』が少し入り込んだ。その『赤』を眼で追うと、それは赤い紙に包まれた、箱。いやいや、これはあのXのじゃなくて。


「あの、今なら少しは忙しくないかなーって」
「…………え、」
「あ、まだ忙しいですか?」
「…………いや、」


筐口は状況がうまく呑み込めていない。頭の中の演算処理装置がうまく働いていない。彼がコーラに眼を向けている間に名前は近づいて、はじめから躰の後ろに隠していた赤い紙に包まれた箱をただ筐口に渡そうとしているだけ、なのだが。
筐口は、ゆっくり眼鏡を外して、箱から名前に目線を上げた。


「…………え、これ俺にくれんの?」
「はい、……あ、要らな、」
「い、要るから!(か、噛んだ!)」


そして気持ちの高ぶりとは裏腹にゆっくり、筐口は名前の手から赤い紙に包まれた箱を受け取った。素直に彼は嬉しかった。包装も彼女自身でやったようだ。なにより嬉しいのは、石垣が貰ってたプレゼントより大きいこと。だから彼は考えた。これは、


「ねぇ、名前これさ、」
「はい?」
「俺期待していいってこと?」
「……えっ、――――わっ!」







少女の手を持ち
引き寄せて、






間近で見た名前の顔は次第に赤くなって、筐口はこのままチューくらいしてやろうかと思ったのだが。
彼女の空いてる手で強く突き飛ばされて筐口は椅子から転げ落ちた。派手にガターン!と音まで立てて。


「いったー……」
「ば、ばっ馬鹿ですか!!あ、貴方だけじゃないんですからチョコあげたのは!い、石垣さんにだって同じのあげたんですじゃあ私これから忙しいので失礼しますさよーならっ!!」


バタン!と、またでかい音を立てて名前は去って行った。けど筐口はニヤリとわらって。



((なに嘘ついてんのさ。見ちゃったしね、俺とは違う小さいのを石垣さんにあげてんのを。))



終。
(08.2.28)
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