見えてるもの。

「飴ちゃん、食べる?」

 廊下で振り返ると知らない女子がいた。大きめのパーカーを着てポケットに両手を突っ込んでいる。フードをかぶっているから、顔がよく見えない。が、口元が笑っている。ところで、今何を云った?

「……飴?」
「うん。飴ちゃん」
「……悪いが、誰だ?同じクラスのやつじゃないな」
「あ、ごめんね。私、普通科の苗字」

 何故かそこで一礼をした苗字というやつは続けて「飴ちゃんあるんだ、食べる?」と云う。俺は中途半端に振り返った体勢のまま正直に口を開いた。

「いや、いい。」
「そっかぁ。欲しくなったら云ってね。」
「科が違うなら、そこまで逢わないだろ」
「正直だね。そういうの良いと思う」

 口元の笑みが濃くなって、ついには小さく笑い出す。音にするならクスクスという風に。馬鹿にされているようには感じなかったが、どうして笑っているのかわからず表情に出ていたのか「馬鹿にしたわけじゃないよ」と片手をポケットから出してヒラヒラとした苗字は、またその手をポケットに戻す。
 知らないやつに飴をやると云われて貰うやつはどれだけいるだろうか。同じ学校に通っているとはいえ、顔もよく見えないやつから食べ物を貰うやつが。そもそも普通科と云っていたが、ただの口頭の返事だ。……本当に、普通科の生徒なのか?
 上履きの底がリノリウムの床を滑ってキュッと高い音を出したと同時に、目の前の女子は口を開く。その声はとても落ち着いた訊き取りやすい音だった。

「怖がらせて、ごめんね。」

 私は本当に、この学校の普通科の、女子生徒だよ。
 そう云って、少し顔を上げたことにより見えた彼女の瞳の色が、キラキラと真っ赤に輝いていたから俺はうっかり見入ってしまった。





「飴を渡そうとしてくる知らないやつ?」
「それだけ訊くと怪しすぎるわ」

 ガヤガヤと騒がしい食堂でたまたま同じテーブルについた切島と上鳴に、先程のことを話すとそう感想が返ってきた。麺つゆに薬味を落としながら、確かに「知らないやつから廊下で飴をいるかと訊かれた」とだけ訊くと不審者に絡まれただけのようだ。でも話の問題はそこではない。

「そいつが俺に、怖がらせてごめん、と云ったんだが、」
「轟が怖がるって何!?」
「上鳴上鳴、まだ話終わってねぇよ」
「おそらく俺は怖がるような素振りはしてないし実際怖がってはいねぇ」
「だろうなぁ」
「想像したらちょっと面白かった」

 納得するように頷く切島が大盛りのカレーをスプーンですくって口に運んで、味噌ラーメンを咀嚼して飲み込んでからニヤニヤと面白がる上鳴を見やってから「その知らねぇ女子の……」と話し始めたと同時にカン!と高い音が響く。上鳴が箸をラーメンの丼にぶつけた音だったようだ。こちらを見てワナワナと震えているから「どうした?」と訊くと勢い良く箸で俺を指してくる。汁が飛んで来たから避けた。

「女子って訊いてねぇぞ!!!!」
「云ってなかったか」
「云ってねぇよ!!!!!!」
「上鳴、轟の方に汁飛んでっから」
「その知らねぇ女子の目が真っ赤にキラキラしてたんだが、そんな個性知ってるか?」

 上鳴が何か怒っているようだったが話を進めるとポカンとした顔になりスルスルと着席して、顎に手を当て考え出した。「目の色が真っ赤でキラキラの個性……?」「それ個性発動時の身体の反応ってことか?赤い目って爆豪のみたいなやつ?」「個性発動のときの反応かはわかんねぇ。けど特徴的で綺麗で見入った。爆豪のよりもっと……宝石みたいなやつ」上鳴の思案の声のあとの切島の質問にそう答えると、相手の顔が少し困ったような恥ずかしいような表情になる。よくわからず考えながら見続けると、上鳴がゲンナリした顔で顎に当てていた手で頭をかいた。

「見入ったとか、間違っても本人の目の前で云うなよ?」
「云ってねぇ。けどなんでだ?」
「イケメンに見入ったとか云われたら勘違いするかもしんねーし、あと惚れるだろ!この鈍感!」
「上鳴落ち着けって!……なぁ轟、轟が見た個性かもしれねぇやつ、クラスのやつらにも訊いてみよーぜ!知ってるやついるかもしれねぇし」
「いや、そこまでしなくても、」
「やるぞ切島!!轟むかつく!!」
「箸で人を指すんじゃありません!」

 箸の先からラーメンの汁を飛ばしつつ何故か怒り狂いながらも、俺の気になることを明らかにしようとしてくれているこのクラスメイトはいいやつだと思い、知らず知らず微笑んだら赤いトンガリ頭がまた、困ったように笑っていた。





 結果として、目の色が真っ赤で輝くような個性の持ち主を知ってるやつはいなかった。緑谷は「何処かで逢ったことあるような……?」と首を傾げたあと、いつもの分析が始まってしまいそれ以上の追求が出来なくなった。そもそもそこまで深追いするつもりはなかったため落胆はしていない。普通科の人間であるなら、この大きな学校でそこまで簡単に出逢えるとは思えないからだ。そもそも、ただの興味だ。人間の目の色が真っ赤でさらにキラキラと輝くなんて個性しかないだろう。そしてそんな人間がただ目の前を歩いていた他人に「飴ちゃん、食べる?」などと云うものだから、少し気になっただけだ。……飴が食べたかったのか?そんなわけない。飴のいる・いらないについて考えながら放課後の廊下を歩いていたとき。

「飴ちゃん、食べる?」

 勢い良く振り返った廊下には、こちらにガンを飛ばす爆豪と驚いたように凝視する麗日と、その奥に。

「あ……えっと、え?」
「飴ちゃんだよ」
「あ、あめは、まにあってます」
「そっかぁ残念」
「あああの、もしかして君は、」
「退けデク!!廊下の真ん中でつったんてんじゃねぇ!!」
「いって!ご、ごめんかっちゃん……」

 爆豪が緑谷のふくらはぎを蹴り入れたときに、よろけた緑谷の向こう側に見えたのは、あのフードをかぶった女子だった。緑谷を退けて進んだ爆豪と対峙したフードの女子は道をあけて、口元に笑みを浮かべたまま「どうぞ」という腕の動作をする。道をあけられた爆豪は(こちらからでは表情は伺えないが、おそらく)機嫌悪そうにズカズカと進んで行く。退けられた緑谷に駆け寄る麗日の奥にいる人間を凝視する俺は異様だったのか、凝視された彼女はこちらに気が付き「どうも」と一礼する。会釈を返すと、そのまま満足したように踵を返すものだから、気づけば「おい、」と声をかけていた。彼女より手前にいた緑谷と麗日が振り返る中、俺は奥の人間しか見えていなかった。

「おい、……苗字!」
「……わぁ。覚えててくれたんだね」
「……忘れねぇだろ」
「そうかな?」
「初対面で飴を食うかどうか訊くようなやつ、忘れねぇだろ」
「ふふ。あやしいもんね」

 振り返って立ち止まったフードのやつまで歩み寄って見下ろすと、口元が笑っているのがわかる。そうして自らの行動を「あやしい」と宣ったりなんかするから、どうにもすらすらと二の句が出ない。こいつは何がしたいんだろうか。

「……あやしいとわかっててやってんのか」
「目的が、本当に飴ちゃんあげたいだけだって思ってたの?」
「……お前の個性と関係あるのか」
「ふふ。どうかなぁ。まぁ、あるっちゃあるよ」

 そう云って少し俯いていた顔のまま片腕をあげて、帽子のつばをつまむようにフードの先をつまんで上に少し持ち上げたそいつの片目が見えて、それが真っ赤に輝いていたから、やはり宝石のようだと見入ってしまうのだ。いや、“魅入ってしまう”の方が、しっくり来るのかもしれない。



見えてるもの。
(2017.11.10)
フードちゃんの個性とか決めてるのですが、ひとつの話でまとまらなかったです。
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